第38話 旅館

「この後は……ホテルに泊まるんだっけ?」

「そうよ。結構いい部屋が取れたから楽しみにしてて」

 


 海からホテルへと移動をする。海からはそれなりに距離のある場所にあるのだが、海岸沿いの景色をゆっくりと楽しみたいということで歩いて移動している。


「ちゃんと部屋の予約は取れてんのかな~。猪貝が任せてっていうから全部任せちゃったんだけど」

「私がやってダメだったことなんてあるの? ないでしょ?」

「なんかめちゃくちゃフラグが立って不安なんだが……」


 夕日が海へと沈んでいく様子がとても幻想的で、オレンジとブルーのグラデーションを演出したのちに、姿を完全に消し去る。

 次第に静寂さがあたりを覆い始め、車通りや、人通りが少ないこともあってか、潮騒が心地よいBGMとなって心を和ませてくれる。都会の喧騒やダンジョンでの緊迫感からわずかではあるが遠ざかることができた。


◎ ◎ ◎ ◎


 ホテルは海沿いにあり、海を眺めることができる場所にあった。今日はもう日が暮れてしまったから海の全貌をみることは叶わないが、何日かにわたってここにいるつもりだからどこかで見るタイミングはあると思う。


 受付は、混んでいたし猪貝が予約したということだから、俺は猪貝が受付をすますのをロビーのソファーで待っていた。


 何分かまったのちに受付を終えたであろう猪貝がなぜか変な表情で戻ってくる。

「えぇーっと、なんかあった?」

「そ、それが……」

 両手の人差し指の先をつんつんと合わせもじもじと申し訳なさそうなそぶりを見せる。



「えぇぇぇ。マジかよ」

 

 猪貝の話を聞くとこういうことらしい。

 予約は確かにしていたし、プラン内容にも問題はなかったらしい。だが問題が一つあるとしたら、予約の日付を一日間違っていたということだ。

 一応空き部屋がないかと確認したら、繁忙期らしく空きがなくて泊まることはできないらしい。


「となると、泊めてくれる場所を探さないとな」

「怒ってないの……?」

「びっくりはしたけども、怒ってはないかな。同じところに泊まり続けんのも面白くないしな。話のネタにもなるから別に気にしてはないから」

「うぅ、ありがとう。そしてごめんね」

「だーから、気にしてないって。とりあえず謝るの禁止。なにより、予約から何までやってもらったんだからこっちがありがとうって言わなきゃいけないんだよ。」


 ホテルを後にしてからそれなりに歩いた。そして、やっとのことで泊めてくれる場所を見つけた。


「ありがとうございます。いきなりなのに……」

「この時期はどこも混んでるからね。でもいいのかしら一部屋で」

 部屋が空いてると言ってくれた女将さんは俺たちが男女ということを考慮してくれている。

「泊めていただけるだけで十分です」


 女将さんに感謝の言葉を述べてから自分たちの部屋へと移動した。部屋は和室でそれなりの広さだった。残念ながら海の見える場所ではないがその代わりに、山を見ることができるらしい



 布団はちゃんと二枚あったから同じ布団で寝るみたいなことはなかったので助かった。

 猪貝は、布団に潜ると海ではしゃぎまくったせいで疲れていたのかすぐに寝てしまった。俺は寝付きが悪いほうなので純粋にうらやましい。

 しかもそれに加えて同じ部屋で寝ることが初めてだったせいで、無駄に緊張して眠ることができなかった。寝顔を見ているのも気が引けるので、猪貝のいる方とは逆を向いて一夜を過ごした。


「ふぁぁぁ。よく眠れたわ。あんたは?」

「あ、ああ、よく、ねむれたんじゃないかな」

「クマひっど。眠ってないんじゃないの? もしかして私を意識しすぎちゃった~?」

 ニヤニヤと俺のほうを見てきて、俺の体を指でつんつんといじくってくる。

 いつも猪貝のことをからかってるせいで、仕返しをされてしまった。まぁ、事実っちゃぁ事実なんで否定のしようがないのだが。


◎  ◎ ◎ ◎


 この旅館を出ようとしたときに、女将さんにこのあたりでできたダンジョンの話とか知らないですか? と聞いたら驚きの返答が返ってきた。


「それなら、多分うちの庭にできたゲートのことじゃないかしら。まだ、国に報告してないから、お客さんがネットにでもあげたのかしら?」


「ほら、これ。ホントに嫌になっちゃうわ。せっかくきれいにしたのに……」

 案内されるがままに庭に行ってみると、確かに庭に似つかわしくない異質とも思えるゲートが静かに、そして不気味に存在していた。

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