第25話 銭湯

「外に出たから、あいつらのヌルヌルは解除しといてやるか。めんどくさいがそのままだとさすがにやばいからな。【ヌルヌル】、解除っ」

「で、今日はこの後どうするの? インターバル待ってから挑戦するの?」

 

 正直なところ、黒田と出くわしたせいで今日もう一回ダンジョンに潜ろうという気は削がれてしまった。

「今日はパスでいいかな。それよりも……」

「それよりも?」

「風呂っ。風呂に入ろうっ」

「風呂? なんでいきなり」

「汗、かいちゃって。ほら、こんなにさ」

 俺は着ていた服を脱いで、猪貝の前で絞ってみせる。勢いよく重力の赴くまま地面へと落ちた大量の汗はアスファルトにかかり、その色を変化させる。


「ちょっ、ばっ、ばかぁ。何やってんの。こんなところでいきなり上半身裸になって」

 猪貝は顔を片手で自分の顔を、もう片方の手で俺の上半身を隠す。ただ指の隙間から、猪貝が頬を赤くしているのが確認できた。


 猪貝のリアクションを見て、俺がした行為を思い返す。

 そして。さすがに他人に見られるような場所で脱ぐもんじゃねーなと思い、少しだけ絞った服を着なおす。でもさすがに汗が染みこんだままの服だと重いし、肌にはっついたりと気持ちが悪いので、近くのコンビニで安い服を買って着替えた。



「っていうか、さっきの風呂に入ろうってどういうことよ。ひゃぁっ。ちべた」

 猪貝は、俺がコンビニで買ってあげたアイスを食べながら質問してくる。


「普通に汗を流そうぜってことだけど……、嫌な思いもしただろうからさっぱりしたくない?」

「だとしたら、うちの部屋には入れないわっ。ホテルに泊まるほどのお金なんかもないし」

「へっ?」

「えっ?」

 お互いに見つめあって、しばし謎の沈黙が生じる。


 聞けば猪貝、銭湯の存在を知らないらしく、風呂に入るということは、自分の家、もしくはホテルしかないと思い込んでいたらしい。しょうがないから銭湯とは何たるかを教えてあげた。


「なーーんだ。そういうことなら早く言ってくれればよかったのに~」

「最初からそう言って……、なかったわ。ごめん」

「そんなことはいいから、早く銭湯に行きましょっ」

 銭湯という初めてのものにワクワクが抑えられない猪貝。

 そんな猪貝の期待にこたえられるかわからないけど、銭湯へ移動する。


◎ ◎ ◎ ◎


 俺たちが行こうとしている銭湯は結構前からある銭湯らしい。大学に入りたての頃はちょくちょく行っていたものの、ダンジョン探索のための投資とバイトをしないことによってお金が無くなったために自然と足が遠のいてしまっていた。


 銭湯の入り口には暖簾がかかっている。俺が初めて銭湯に入ろうとしたときにはこの扱いに困ったものだが、今では慣れたもので、暖簾を軽く手で押して中へと入る。


「とりあえず、ここでお別れだ。俺は男湯にはいるから、猪貝は女湯のほうに行くんだよ」

「それくらいわかってるわよ。私のことなんだと思ってるの?」

「常識しらずのお嬢様」

「だ~から、私はお嬢様なんかじゃないってぇ」

 何か言いたげな猪貝を横目に俺は男湯のほうへと流れ込んだ。


 男湯は誰もおらず、その広さを感じることができた。

 俺はちゃんと体を洗い、汗を流してから湯につかる。


「ふぅ~。気持ちいいなぁ。お湯につかるなんて何か月ぶりなんだろ」

 だれもいないから独り言を言っても何も気にすることはない。しまいには気分がよくなってきた俺は鼻歌を歌いながら湯を堪能する。


 ただ、一人の時間というのはすぐに解消された。俺以外に誰かが入ってきたからだ。

 その男の身長は俺なんかよりもはるかに高く、体はよく鍛えられており、遠目で見てもそのすごさが伝わってくる。


「銭湯ってのはいいもんだな。そうは思わないか、あんちゃん?」

 その男は湯船に入ると俺の近くにきて、気さくにも話しかけてきた。

「確かに。久しぶりに入ったんですがやっぱり銭湯は日本の心って感じがしますね」


 軽い返事をしてから、俺は気になっていたことを質問する。

「結構いい筋肉してますけど、何かやってたんですか?」

「あぁ、俺ねぇ、ダンジョン潜ってんのよ。ほら、ここみてよ」

 すると、その男は腹の当たりを見せつけてくる。見れば、腹に歯型のような傷跡が残っていた。

「ここ、ダンジョン潜ったときに咬まれちゃってな。で、そのモンスターの特性【回復阻害】のせいで治んないから残っちゃっててさ」

「そんなモンスターもいるんですね。僕もダンジョンにはよく行くんですが、そんなモンスターに出会ったことないですよ」

「なんだ、あんちゃんもダンジョン探索者か。じゃぁ、気ぃつけなっ。そういうモンスターもいるってことをな」


 そのあと軽い話をしてから風呂を出た。その中で名前を聞くことができた。名前は牛田といい、ダンジョンがこの世にできたときから潜っているらしい。で、遠くのダンジョン遠征に行って今日ここに戻ってきたらしい。


◎ ◎ ◎ ◎


「ほれっ」

 牛田さんは俺のほうに何かを投げてきた。俺はそれを受け取ると、その冷たさに驚く。

「コーヒー牛乳だ。風呂上りと言ったらこれしかねぇ。それは俺のおごりだから受け取れっ」

「あっ、ありがとうございます」


 冷えたコーヒー牛乳をのどに流し込む。

「うんまいっすねぇ」

「だろっ。あんちゃんよくわかってんじゃねぇか。それがわかってるやつは大概いい奴なんだよ」


その後、牛田さんと俺はまた簡単な話をしてから別れた。年の差はあるけども話の中で馬が合った。そのおかげか別れ際には牛田さんは小さな紙きれを俺に渡してくれた。

 そこには電話番号が書いてあり、その上にはカタカナでウシダと書かれていた。

「こまったらここに電話しな。なぁに、同じ湯に浸かった仲間みたいなもんだから遠慮しなくていいからな」


◎  ◎ ◎ ◎


 男湯から出ると、猪貝が椅子に座って待っていた。扇風機の近くにいたせいか扇風機の風で髪の毛が少しだけふわっと揺れている。


「ごめん。待った?」

「待った? じゃないわ。かなり待ったわよ。女の子を待たせるなんてサイテーね」

「ごめんごめん。ちょっと話をしててね。またアイス買ってあげるからさ。ねっ、許して」

「しょーがないわね。じゃぁ、許す」


 こうして久しぶりのリフレッシュを堪能することができた。

 明日からまたダンジョン探索頑張らないとな、と思いながら。

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