第16話 自信家

 本日二度目になる勾玉ダンジョンの探索。


 ちなみにダンジョンには入場回数の制限はない。ただし、レベルによる入場規制は存在する。


 まず前提として半年に一回ダンジョンに難易度が設定される。この難易度の設定は主に国が主体となって行うもので、民間の業者に委託して調査することもあるらしい。

 で、このダンジョンの難易度はS,A~Gと、難易度が高い順に設定されている。もともとはA~Gまでのランク設定だったものの、最近ではそれ以上の難易度のダンジョンも発生しつつあることから半年前からSランクダンジョンの設定が追加された。

 今日俺たちが潜っていた勾玉ダンジョンは初心者でも比較的容易なFランクダンジョンである。マホガラスのいる五階層を除けば、出現するモンスターはスライムだけだし、ダンジョン構造も危険があるわけではないのでGランクでもいいのだが、マホガラスが五階層にいるということでFランクの設定になっている。

 じゃぁ、勾玉ダンジョンのレベルによる入場規制はどうなっているのかというと、レベル10以上は入場禁止になっている(別にレベルが10未満だったら1だろうが3だろうが入場できる)。


 この入場規制の理由は、低レベル帯にいる人たちが本来上のダンジョンに行くべき人のせいでダンジョンに潜れなくなってしまうと、低レベル帯の探索者がレベルを上げることができなくなりダンジョンに潜る人材の育成が困難になるからだ。

 国としては新たな金脈のダンジョン産業を盛り上げたい立場なのだから、人材が育たないのは大きな痛手になる。こういったわけで入場規制が行われている。言わずもがな俺はレベル1で固定のままなので、このルールは今のところ気にする必要がない。


◎ ◎ ◎ ◎


 朝潜った時とは異なり、勾玉ダンジョン内の人の数が増えたように思う。ただその分モンスターたちも活動時間に入ることから、一人当たりモンスター数でみると少し減ったくらいなので問題はなさそうだ。


「とりあえず、猪貝のお手並み拝見としますか。俺は猪貝の戦い方とか見てないし、一応パーティ組んだわけだし」


 俺は純粋に猪貝の現状を知りたいのだ。戦い方とか何が得意で何が不得意なのかメンバーとして把握しておいた方がいいだろう。先ほどはマホガラスにやられたところしか見てないから、とりあえず最弱と言われるスライムを相手にどのくらいの強さなのかを見ておきたい。


「ばっかにしないでよねっ。スライムごとき私でも簡単に倒せるわ」

「大した自信だな。どこからそんな自信が来るんだ? もしかしてどこかで売ってたりするの? 自信って」

「なにあほなこと言ってんのよ。そんなもの売ってるわけないじゃない」

 俺の冗談をまともに受けとり、ハッと軽く笑い飛ばしてからツッコむ。


「まぁ、なんでもいいわ。私の力を見せてあげる」

 猪貝はまくる必要がないのにわざわざ袖をまくり、鼻息荒くスライムのほうへと向かう。おれは猪貝の自信に満ちた背中を見送った。


 ただ、めちゃくちゃフラグ立てすぎじゃね? こんなん結果がもう見えてるも同然なんだけども……。


 俺がこう思った瞬間、猪貝の悲鳴が聞こえてくる。


「きゃっ。きゃぁーー」

「どっ、どうしたっ」

急いで近づくと、スライムのヌルヌルまみれになった猪貝の姿。でも今回は俺のせいじゃない。スライムが出したヌルヌルだ。


 スライムは攻撃されると二種類のヌルヌルを出す。一つ目はご存じの通り回復のヌルヌル。もう一つは威嚇のヌルヌルだ。こちらには回復成分が入っておらず、ヌルヌルさせ刃物の切れ味を落としたり、滑らせるだけっていうただただめんどくさいものだ。そしていま猪貝がくらっているヌルヌルはおそらく後者のものだろう。 


 俺が出すヌルヌルと違い、スライム由来のヌルヌルを消すことはできないから猪貝の服はびしょびしょになったままで少し透けてみえた。

 さすがにそのままにしておくのは気が引けるから上着を脱いで猪貝にわたす。

「そのままだと、寒いだろ? それになんか透けて……見える」

 いつもだったら、こういうことを言うと間違いなくビンタが来るもんだが今回は来なかった。

 俺はぶたれる準備をしていたのに、来なかったから驚いた。


「ぐすっ。ありがとぅ」

 俺の意に反して覇気のない返答。

 そして、俺があげた上着を受け取り着る猪貝。少し大きく不格好と言えば不格好だがそこまで問題はなさそうだ。


 いつもの自信が失われ、なにかしゅんとしおれた感じの猪貝。さすがに心配になってくる。

「いったい何があったの?」


「スライムが……ヌルヌルを出してきて……」

 なんだか泣きそうになっている猪貝。まぁ、それは見ればわかる。と言いたいところだがいったらいけないような気がするからやめておく。


「もしかして、スライムを倒したことすらない?」

「シミュレーションでは……、完璧だったのよ」

 

 猪貝の言うシミュレーションとは、多分能力付与センターに併設されているダンジョンに入る前の模擬練習のことをさしているのだろう。

「シミュレーションはあくまで練習。実戦では、その時の状態や環境とかの要素があるから一緒にするなって注意されなかったか?」

「でも、講師の人も筋がいいって言ってくれたもん」

 

 確かに俺が最初に挑戦したときも講師の人は同じようにほめてくれたのを思い出した。多分誰にでも同じことを言っていたのだろう。

「そりゃ、リップサービスだよ。だって君はセンスない、なんて言ったらやる気なくすだろ?」

 

 俺の話を聞いて静かに頷く猪貝。しょんぼりしているのが、表情から、仕草から、全体から伝わってくる。

 俺は何とかフォローしなきゃといろいろ画策するがこういう時になんて声をかけたらいいのかわからない。

「だ、大丈夫だから。な? だから元気出してこーぜ。俺も最初はそうだった。うん。そうだ」

「で、でもぅ。私ってセンスない? 探索者向いてない?」


 うっ。 

 いつも自信満々で少しうざいと思ってたけど、自信ないバージョンもこれはこれでめんどくさいな。


「そ、そんなことないよ。俺だって無能って言われたけど、今はほらこんな感じに簡単に倒せるようになったしさ」

 俺は近くにいたスライムを一撃で仕留めて見せる。



 今回でわかったことは、猪貝が初心者であるということ、そしていつも謎に自信を持っている反面、それが崩れると途端に自信の全くない奴に変貌してしまうということだった。



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