第13話 足りない
「そういえば、まだ私の名前も言ってなかったわね」
「猪貝菜々実だろ?」
一瞬固まる猪貝。何が起きたのか理解できていないようだった。
困惑の表情は状況の把握とともに次第に軽蔑を含んだ表情に変わる。
「だから、猪貝菜々実。大学はS大学で3年。生年月日はたしか……」
先ほど見た学生証の内容を思い出す。俺はそういった情報を瞬時に覚えるのが得意だったりする。
「いやいや、なんで私の名前と大学を知ってんの? やっぱり本職変態の方であってたの?」
猪貝の“変態”という言葉で自分の言動を振り返る。
ん? んん? 確かに俺めちゃくちゃやばい奴じゃね? 何も説明しないで、そんだけの情報持ってるとかほんとに変態じゃね? 早く誤解を解かないとやばいじゃん。
「いやっ。これはその、ちがっ。別に盗み見たとかそういうんじゃ、ないからねっ」
弁明しようとして空回り。思わずツンデレのような口ぶりになってしまう。
「変態……」
ボソッと言われたこの一言。小さな声で言われた方が何か心に突き刺さるものがある。
猪貝は俺の話を信じてくれていないようで、手で胸のあたりを隠し防御の構えをとる。
「ほんとに信じてくれよ。偶然。ホントに偶然。落ちたから見ただけなんだってぇ」
いつの間にかできた距離。せっかく縮まったのに元通り。
このあとちゃんと学生証が落ちてきたからそれを見ただけだと丁寧に説明をした。完全に誤解が解けたわけじゃないけど、そこは伝家の宝刀DOGEZAでなんとか乗り越えた。
◎ ◎ ◎ ◎
弁明してる間に今に至るまで起きたことまで聞かれた。いちいち説明するのはめんどくさかったけど隠すようなことでもないから結構話した。
「とりあえず、変態はパーティには現状所属してないってことね」
「だから俺は変態じゃねぇっつうの」
呼び方はシューメイではなく変態へと戻っていた。
「それは……、イエスの意味を持つ返事ということでいいの?」
「もうそれで、いいです……。グスッ」
取り合ってくれないので変態呼ばわりをやめてもらうのはあきらめた。
「じゃぁだったらさ、私が変態とパートナーを組んであげるわ」
腕を組んで、しかも自分の意見が絶対通ると信じてやまぬドヤ顔を見せる。
「いや、別にいいです」
その自信を思いっきり折るように、きっぱりと断る俺。
「うん、そうでしょ。そうでしょ。私と一緒に……。って、ええぇぇ。なんで?」
あたふたしだす猪貝。不意打ちを食らったらしく一番の驚き様。
「別に俺が猪貝とパーティ組むメリットなくないか?」
「モンスター倒してもアイテムドロップしないんでしょ? 私がとどめを刺せばアイテム回収できるわ」
「それはわかってるよ。でも、別に俺はほかの人と組んでもいいわけだろ? 何か追加のメリットがないと」
「だったら、一番のメリットがあるじゃない」
「なんかあるっけ?」
残念ながら本当に思い当たるものがない。頑張って探すけど、砂漠の中でもの探しをするように永遠に見つかる気がしない。
「なんかある? じゃないわよ。すっとぼけちゃって。こんな美女と行けるんだからこれ以上のものはないでしょっ」
「美女っ? 美女って自己申告制だっけ??」
でも確かに猪貝は、顔面偏差値で言えば高いはず。だが悲しいかな、プロポーションはきゅっ、きゅっ、ぼん。なんだよな。もともと俺が惹かれた成上の“ぼんっ”には勝てないんだよな。背も低くてなんか綺麗というよりかは可愛らしいのほうがあってるような気がする。
「何が不満なの?」
「いや、ちょっとね。栄養不足、というか……」
俺は別に何か意識したわけでもなく自然に胸のほうに視線を移す。
「足りないんだよな。圧倒的に」
思わず漏らしてしまった本音。でもぼそっと言っただけだから聞こえていないはず。
「ちょっ、どこみて……んの?」
視線が自分の胸へとむけられていたことに気付いた猪貝。
素早く飛んでくるビンタ。その間わずか一秒。
「どっっこみてんのよッ。変態ッ」
さすがに同じ攻撃を何回もくらうことはない。学習した俺は攻撃を見事に避けきった。
「ご自慢のビンタだってくらわなければどうってことはないッ」
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