第12話 握手

「それじゃぁ、やるわ」

 猪貝は、俺からステボを受け取るとそっと胸にあてた。そして、地平線に太陽が沈むように黒い球は猪貝の平な胸の大地へと沈んでいく――。


――ことはなかった。ステボは胸の壁に押し返され、彼女の体に入り込むことを拒絶される。


 猪貝は少し残念そうな表情を見せてから俺にステボを返却する。

「ダメっぽいわ。弾き返されちゃった」

「と、いうことは俺以外の人には使えない、もしくは何らかの条件を満たしていないということか?」

「そうなるわね。あーーあ。私も簡単に強くなれると思ってたんだけどなぁ」

 大きくため息を漏らす。

「っていうか、あんたの話が信じられなくなってきたわ。よーく考えてみたらそんなうまい話があるわけないもんね。ねぇ、やって見せてよ。今、ここで」

 視線が俺へと向けられる。それは好奇というよりか疑いに近い性格のものだった。

 別に悪いことしてるわけじゃないのに睨まれてなぜかドキッとしてしまう。人前でステボの使用を初めて見せるということもあるのだろうか? それとも俺が女性に慣れていないからか?

「別に……、いいけどさぁ。言い方きつくね?」

 俺はいつものようにステボを胸に押し当てる。すると、すぅっといつものように吸い込まれていく。

「なんか思ったより気持ち悪いわ。球が吸い込まれてるだけなのに」

「そう? 慣れてくると面白いもんだよ? ほら、まだ入りきってないから胸のあたりにこう力を入れると。ふんっ」

 すると、入りきっていなかったステボが再び顔を出す。

「途中キャンセルができるようになる。使い道はまだないけど」

 もう一度ステボを押し込み、程よいところでまたステボを押し出すを繰り返して見せる。

「それ、めちゃくちゃキモイんだけど。なんでステボをひょこひょこ出し入れしてんの?」

 俺がステボで少し遊ぶのを見て完全に引いている。

「いや、こんなこともできるよ~って見せてあげたかっただけなんだけど。お気に召さなかったようだしもうやめるか」

 もう一度ステボを胸へと押し込み、完全に胸へと吸収させる

「でも、これで信じてくれたでしょ? これでもまだ信じられないなら、この後ステータスが上がるはずだから見せてあげるよ」


《ステータスボールの消費を確認》

シスさんの声が脳内に響く。


「ステータスオープン」

―――――――――――――――――――――――

ステータス


田中秀明

レベル    : 1

HP     : 160/160 

MP     : 60/60

SP     : 0

スピード   : 150

攻撃力    : 150

防御力    : 150

ラック    : 11


―――――――――――――――――――――――


――――――――――――

固有スキル

【ドロップ】

所有スキル

【分裂】Lv.100、【ヌルヌル】Lv.2、【風魔法】Lv.1

――――――――――――


「うおっ。MPがめちゃくちゃ上がってるし、風魔法まで追加されてる。いい感じじゃん」

「どれどれ、見せて。うわっ。ホントに【ヌルヌル】とかいうキモイスキルがあるのね。しかもちゃっかりレベル2まで上がってるじゃん」

「そんな言い方ひどくない? 君の命の恩人はこのヌルヌルなんだよ」

 でも恩人が“ヌルヌル”ですってなんか恥ずかしいな。とか考えたら少しにやけてしまった。

「今なんか失礼なことかんがえたでしょ」

「別にぃ。何でもないよ」

「なんなのよ。言いなさいよ」

 首のあたりをつかまれ前後に揺すられる。

「ヌルヌルが命の恩人って、面白いなって思ってさ」

 首元からさっと手を引き、揺らすのをやめる猪貝。


「なんだ、そんなことか」

 首元からさっと手を引き、揺らすのをやめる猪貝。

「えっ? 怒らないの? ビンタしないの? 少し待ってた部分もあったんだけど」

 俺はぶたれるのを想定して先に右頬を叩きやすい角度にしておいたのだ。

「待ってたんだったらしてあげようか?」

「いや、いいです」

 きっぱりと断ることが重要だ。


「でね、恩人のことだけど、恩人はヌルヌルじゃなくてあんたよ。私はあんたに助けてもらったの」

「だから……、ちゃんと言わなきゃいけないわね」


「えっ? 何を?」

 もしかして告白か? 心の準備が追い付かない。どうしよう?

「さっきはテンパってていい忘れてたけどっ」

 猪貝はすぅぅぅっと息を吸ってから

「ありがとうっ。助けてくれて」

 変に期待していたせいで突然の感謝の言葉に少し驚いた。

 しかもいきなり素直になったせいでなんか調子が狂う。

「や、やるべきことをやっただけだよ。ただ、助けた。それだけのことをさ」

 クサいせりふを吐いたせいで恥ずかしくなってきた。


「そういえばあんたの名前をまだ聞いてなかったわね。なんて呼べばいい? 」

田中秀明タナカヒデアキだけど、高校の時はシューメイって呼ばれてたからそっちの方が慣れてるかな」

「じゃぁ、シューメイって呼ぶわ。よろしくっ。シューメイ」


 猪貝は握手を求めるように右手を差し出してきた。それに応じるように俺はその猪貝の繊細な手を握り返した。

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