第11話 変態
「傷ついてるし下手に運ぶとやばいかもしれんから、ここで治してあげないとな」
「そしたら最終奥義【ヌルヌル】を使うしかないな。でも……」
先客を前に俺は悩んでいた。運ぶときに学生証が落ちたので確認したら、俺と同じ大学、同じ学年の猪貝菜々実というらしい。さっきまで焦っていたのと、髪型がショートだったせいで気付かなかったけど女子のようだ。
そこで新しく問題が生じた。俺にヌルヌルを使う分には問題ないんだけれど、この子にヌルヌルを使っていいのだろうか、と。別にヌルヌルはスライムと同じようなものだし、治療なのだから問題ないのだろうけど、絵面的には問題ありありになりそうだ。
ほんとはポーションを使うのが一番早くて問題もないのだが、当初スライムとしか戦わない予定でダンジョンにきたため残念ながらポーション残りはもうなくなっていた。
「でも、俺が治すと言ったらヌルヌルしか手段がないしな」
「しょうがないっ。悩んでる暇はないッ。【ヌルヌル】ッ」
全体的に傷ついていたので、エリクサーでちょくちょく回復しながら何回か【ヌルヌル】を使い、患部をヌルヌルで覆っていく。
「ふぅっ。こんだけ使うと結構大変なんだなぁ」
ヌルヌルを多用すると疲れるということを初めて知った。
「でもやっぱり、なんだかいけない感じがする……。背徳感がやべぇ」
目の前にはヌルヌルまみれになった女子。別にやましい気持ちはこれっぽっちもなく、ヌルヌルまみれにしたいとか思っちゃいなかったのにこの状態。治療しただけなのに……。
さすがに何の説明もなく、こんな状態にしてしまうのはヤバイかもしれない。
やっぱり解除しようか? いや、でも、これは単なる治療だから……。とこんな感じに頭の中で考えが堂々巡りする。
最終的に俺が下した決断は、【ヌルヌル】による治療を継続しながら、この子が起きるのを待ってちゃんと説明することだった。
さすがにその様子をずっと見ているのは気が引けるから、この子が見えない場所で回復するのを待つことにした――。
◎ ◎ ◎ ◎
「はッ? 今何時だ? いつの間にか寝ちゃってたのか?」
慌てて時間を確認する。スマホで確認すると先ほどヌルヌルを使ってから30分程度が経過していた。マホガラスとの戦いで疲れてうたた寝してしまったらしい。
「あっ。そういえばあの子はどうなった?」
立ち上がり様子を確認しに行こうとすると
「きゃぁぁぁぁああ」
叫び声がダンジョン内に響く。
「おおっ、もしかして意識も戻ったのか? ならよかった」
とりあえず自分のヌルヌル治療が成功したことに胸をなでおろす。
「何なの? このキモイの? はっついて取れないんだけど」
猪貝のもとへと向かうと、俺が最初にヌルヌルを使った時と同様に手をぶるぶるさせて落とそうとしている。
「ごめんっ。それは俺のヌルヌルなんだ。それで君のことを――」
寝転がっている状態から、猪貝が繰り出した技は蹴りだった。意識を取り戻したばっかだというのにまっすぐ俺の股間に向かって何のためらいもなく進む猪貝の足。
体がスッと空中に浮かぶような感覚。だが、それもつかの間、俺はすぐに地面に這いつくばることになる。叫ぶ余力すら残されていない。
やばい。あまりの痛さに意識を失いそうだ。
それでも意識を失わぬよう頑張って踏ん張る。けど呼吸が乱れる。
「はぁ……、はぁ。ふぅぅぅ」
俺の呼吸の乱れが彼女には興奮しているように思われたのだろうか
「興奮している獣めっ。私に近づかないでちょうだいっ」
めちゃくちゃ拒絶され、しかも、後ろのほうへと逃げられる。
「まっ――。待ってぇ……俺、危なくないから……」
情けない声で引き留めようとする。思うように声が出ない。それほどの痛みだ。
「それ以上来たら、通報するわよ」
猪貝は防御の構えをとっている。
彼女の言う通り下手に近づいたら通報されそうだ。
股間を抑えながら程よく距離をとり、今まであったこととヌルヌルについて説明した。
丁寧に説明してあげたおかげで落ち着きを取り戻し、一応俺の話に耳を傾けてくれた。
「ってことは、変態がこれで私を治してくれてたってこと?」
「そうだよ。けど、その変態呼びはやめてくれないかな。俺は断じて変態なんかじゃない」
「そう? 股間にヌルヌルつけて、はぁはぁ言ってるのはのはそういう趣味があるってことじゃないの?」
「違うわっ。お前がやったんだろうが」
先ほどの攻撃を受けて負傷した股間を治すために、ヌルヌルを使った。そして今だに痛みが引かないから呼吸が荒くなっているだけだ。
「それよりもさ、ヌルヌルの話が本当なら解除してくれない? ずっとついててキモイんだけど」
俺の提案をナチュラルに退け、かつ自分の提案をしてくるなんてこいつ相当なやり手だぞ。
まぁ、言う通り治ったんだったらヌルヌルは解除してもいいか。
「しょうがない。解除ッ」
俺の声に反応して、消えるヌルヌル。
「ほんとに……、消えた」
消えた状況に驚いている猪貝。
「なんだよ。やっぱり俺の話を信じてくれてなかったのか?」
「そりゃそうでしょ。いきなりこんなことになってて信じる方がおかしいでしょ?」
確かによく考えてみたらそりゃそうだ。いきなり起きてヌルヌルが体中についてたら俺もそう思うもん。
「でも、ほんとに俺は変態じゃないから。ほら、その証拠に君に何もしてないでしょ」
「寝てる私にあんなことやこんなことしてるって可能性も……」
「してないわっ。本当に治療だけだよ。俺がやったのは」
「そうねぇ。助けてくれたのは事実っぽいし……」
猪貝は治ったところををまじまじと見つめ、試しに手を開いたり閉じたりしている。
「なんか借りを作りっぱなしっていうのも悪いし、私に何かできることある?」
「いや、別に善意100パーセントでやっただけで何かしてもらおうとか思ってたわけじゃ……」
いや実は、やってもらいたいことが一つだけあった。それはステボが俺以外に使えるか確認をすることだ。あいにく友達が少ないせいでできなかった実験をこの子に手伝ってもらうとするか。
「じゃぁ、お言葉に甘えて一つだけ頼んでいい?」
「ええ。いかがわしいことじゃなければ、だけど」
「全然いかがわしいことはないと思うよ。まじめも大まじめの提案だよ」
いきなりステータスボールの話をしても理解してもらえないと思うし、説明をするのもめんどくさいからやってもらうことを端的に話そう。別にステボが使えるかどうかを試したいだけだから俺のスキルを教える必要もないしな。
「俺の(持っている)玉(ステータスボール)を君の胸に押し当ててもらいたいんだけど? いい?」
「玉をぉっ! 胸にぃっ?」
先ほどまでの落ち着きを全部吹き飛ばし、
「やっぱり変態であってたじゃない」
バチーーン。
思いっきりビンタ食らった。奥歯がめちゃくちゃ痛む。
「それでいかがわしくないとか、どんな高度な変態なのっ」
「ちっ、ちがう。誤解だ。玉ってこれのことなんだ……」
先ほど入手したマホガラスのステボを取り出す。
それを見せた後に結局俺のスキルのことやステボのことを話した。事細かに説明してやっと納得してくれた。
「あぁ、そういうこと。だったらやってあげてもいいわ。ただし私が自分でそのステボってやつを胸にあてるからね。わかった?」
最初からめんどくさがらないで、全部言えばよかったと心底後悔した。腫れた股間と頬をさすりながら。
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