第8話 七ツ宝具とは
王族の護衛“七ツ宝具”は、その名の通り七人いる。
いつから七人になったかは記録にない。少なくとも七ツ宝具の名前がついてからは、常に護衛は七人に固定されてきた。特別な場合を除いて増減したことはない。
特別な場合とは何か。最も例の多いケースは、七ツ宝具の脱退だ。
彼らは王族のため、自らが傷を負うこと、あるいは命を落とすことも仕事のひとつに含まれている。
そのような場合に七ツ宝具は人数をひとり減らす。そしてメンバーの入れ替えが行われる。そんな仕組みになっている。
五年前の終戦後にも七ツ宝具の顔ぶれは大きく入れ替わった。
“城壁”から“鏡”に。
“断頭台”から“秤”に。
“水車”から“籠”に。
そして最近は“栞”から“剣”に、それぞれ七ツ宝具の名が引き継がれた。
連続した引退劇は世代交代と呼ばれ、終戦時を境に七ツ宝具は前世代・後世代の二つに区切られるようになった。
そんな歴史がある。
「――つまりレイやクロードは前世代。ミュゼやシュシュ、ウィルは後世代の七ツ宝具にあたるわけ」
王宮の中庭。キャロルの散歩に付き添いながら、ウィルは話に耳を傾けていた。
「ここ二年で一気に入れ替わり進んだわけか。どおりでみんな歳が若いと思った」
「そうね。歴代の七ツ宝具の中でも、いちばん若い時代かもしれないね」
「十歳児までいるしな」
「うん……って、違う違う! シュシュは私たちより年上だってば!」
そういえばそうだったな。ウィルははっとしたように目を開いた。本気で忘れていたらしい。
「もう。あんまり失礼なこと言うとまた喧嘩になるよ」
「気をつける。けどキャロルも一瞬忘れてなかったか」
「――忘れてないよ」
「十歳児がシュシュのこととは言ってないんだが。俺」
そんな指摘に、キャロルは口許を手で覆った。そしてしばし沈黙を挟んだあと、人差し指を唇の前に立てた。
「いまの内緒ね? お互い」
「わかった」
二人は顔を見合わせて頷いた。なんともわかりやすい密約だ。
「それで今の話と、これからやる交渉になんの関係があるんだ」
訊かれて、キャロルは言葉を選ぶように唸った。
「えーと……つまり前世代と後世代は歳がだいぶ離れているわけじゃない? すると護衛の方針や考え方が、必ずしも同じとは限らないということなの。
例えばウィルが賛成してくれることでも、クロードやレイが同じように賛成してくれる保証はないってこと」
「なるほど。クロードとか頭固そうだしな」
ウィルの発言にキャロルはひきつった笑顔を浮かべた。素直なのもここまでくると恐怖ですらある。いつシュシュやクロードと火花を散らすかわかったものじゃない。
歯に衣着せることを教えないと。キャロルはウィルの教育プランに項目を追加した。
「――とにかく上手に話さないと、ダメって言われちゃう可能性が高いの。今日の交渉は私が自分で進めるから、ウィルは外で待っていて」
「その方がいいな。俺、たまに余計なこと言うし」
「じ、自覚してるんだね」
ほんと悪い子じゃないんだけどなぁ……。裏も表もなさそうな少年の顔を見ながら、キャロルは嘆息した。
「そろそろ約束の時間ね。行ってくる」
そう残してキャロルは城内へ戻って行った。
そして迎えた交渉フェイズ。
「城下町の視察、ですか。また急な話ですね」
キャロルの申し出を受け、護衛団長のレイは脇のクロードに目をやった。
「姫君は明日を希望されているけれど、私たちの配置はどうなっていたかな。クロード」
「――“錠”は隣国との会談に出られる王の護衛。帰国は一月後。私と“秤”は茶会に出席される妃様の護衛。“冠”は軍事演習の指揮。
“鏡”“籠”“剣”の三名が城に控えています」
クロードはメモもなにも見ずに七人分の予定を挙げた。
「ふむ。付きそえるのはみんな後世代組だね。偶然にも」
「私は延期を提案します」
集まった者のうち、真っ先に意志を示したのはクロードだった。
「学習院や城の周辺と違い、町には不特定多数の人間がおります。治安に不安のある場所とて少なくはない。
姫君の安全を考えるのであれば、視察クラスの護衛は前世代で固めるべきです。後世代の四人では力不足ゆえ」
容赦のない物言いに、キャロルは気圧されした。歯に衣着せない言い方はウィルといい勝負だ。しかしクロードは歳がずいぶん上だし、表情もなく言葉を発するから純粋に怖い。
いろいろ喋る心づもりでいたのに、キャロルは口をつぐんでしまった。
「後輩の実力を貶める言い方は感心しないよ、クロード」
レイはそのように窘めたが「しかし一理がないわけじゃないね」と続けた。
「せめて両世代がペアで護衛にあたれる日に変更できればよいのだけど」
独り言のように言いながら、しかしレイはキャロルに視線を送った。
状況不利。キャロルはひとつ大きく息を吸って、二人を見据えた。
「れ、レイやクロードは若い七ツ宝具のみんなを信用していないのですか?」
食って掛かるような言い方。しかしクロードは怜悧な目つきのまま返した。
「信用しておりません。護衛の能力で言えば、四人がかりでも“錠”や私に及ばないでしょう。
せいぜい通用しそうなのは“籠“くらいのもの。彼女ですらかつての七ツ宝具に並ぶには数年早い」
さっきは窘めることを言ったレイも、今度は口を挟まなかった。
「前世代の三人が護衛にあたれない日を指定されたのにも作為を感じます。
よからぬ考えをお持ちであるならば、お改めください。姫君の安全が最優先ですゆえ」
小さく頭を下げるクロード。恭しい態度とは裏腹に、言葉は釘を刺すような、見透かすような言葉だった。
唇を噛んで俯くキャロル。
「――お嬢をあんまり虐めてやんな。二人ともよぉ」
そんなキャロルの耳に入ったのは、低い男の声。顔を上げると、鎧を着た大男がソファにもたれながら髭を弄っていた。
隻腕の将軍。七ツ宝具の最年長。
姫君の“冠”ヴォルク=カバリーが沈黙を破った。
「レイにクロード。お前らの言うこともわからなくはねえ。だが仲間を信用しねえなんて言葉は、冗談でも聞きたくねえわな。なぁ、お嬢」
ヴォルクの悠然とした語りに、キャロルは緊迫した表情を明るくさせた。
強力な助け船だった。前世代の豪傑にして終戦の功労者。戦争で片腕を失った今なお七ツ宝具の座を守り続ける彼の発言は、決して軽くない。
「お前ら二人が護衛につけば、それが最も安全だろう。間違っちゃあいない。だがいつまでも俺たちの代だけで全部が回るわけじゃねえだろう。過保護じゃ育たねえよ。あいつらも」
「――しかし」
「俺は場数に育てられた。お前たちは、どうだ」
有無を言わせぬ口ぶり。レイもクロードも真顔で耳を傾けている。味方をしてもらっているはずのキャロルでさえ身を固くしていた。
「護衛団長(サー)はお前だ、レイ。お前が正しいと思う決断を下せ」
その一言でレイに視線が集まる。「ふむ……」いつものように思案する声を漏らし、それからレイは顔を上げた。
「先行投資も悪くはないね。ここは後輩たちに任せようか」
レイが微笑む。つられるように、キャロルの顔が綻んだ。
「――せめて視察の箇所を限定しては」
「任せるならいっそ全てを任せる方がいい。正しい判断を自分たちで下すのも勉強の一つだよ。クロード」
耳打ちに、レイが小声で返す。クロードは眉をひそめ、わずかに目を伏せた。
「しっかり学んできてください。キャロル姫」
「はい! ……行ってきますね。クロード」
上目づかいにクロードを見る。
「私はあくまでも賛成いたしかねます。――お怪我だけは、くれぐれもなさらぬよう」
一礼を残すと、クロードは部屋を出て行った。
言葉も返す間もなく扉が閉じる。従者の背中を見送りながらキャロルは俯いた。
全員に認めてもらえない可能性は見込んでいた。それでも寂しさは拭えない。
たとえ考え方が違ったとしても。
護衛の七人が大好きなことに変わりはないからだ。
「わかってやってください。クロードの奴も、あれでお嬢のことが大事なんだ」
「わかります。そんなの」
クロードは誰より私のことを案じてくれている。彼はいつだってそうだった。
自分の利益には無頓着。そのくせ、私のためならどんな選択もためらわない。
主に意見することも、仲間と争うことも――あるいは、自らを犠牲にすることさえも。
憂いを帯びたキャロルの横顔を見ながら、レイは小さく息をついた。
「キャロル姫のことを考えているのは七ツ宝具の誰もが同じ。しかし選択は様々。難儀なものだね」
「そう言う割には、困ってるように見えねえがな」
ヴォルクの指摘に、レイは薄く笑った。
「難儀だけれど、退屈しないからね。私はこの世で退屈がいちばん嫌いだよ。
そんな私を満たしてくれる仲間たちが、今は愛しくて仕方ない。拗ねるくらいは可愛いものだね」
「変わってんなぁ、お前は」
「ふふ。どうも」
「いや褒めてないが」
世代は移っても、変わり者集団なのは相変わらずか。ヴォルクは嘆息しながら、革のソファに背中を預けた。
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