14
ある日、夕飯を作り終わり待っていると、佐竹から「今日は金城も俺も遅くなる」という連絡が入った。返信し、冷めた夕飯を冷蔵庫に入れ更に冷し、就寝した。
翌日の朝8時頃、2人は帰ってきた。
「お帰り。随分、遅かったじゃない」
「悪い。飲み会が長引いちまって、こいつが寝ちまったんだ」
金城は、二日酔いなのか、時々呻いてぐったりとしていた。流石に心配して、
「大丈夫か?随分悪そうだけど」
「大丈夫…」
と、ようやく聞き取れる位の声で返事が来たので、一応安心した。
「こんなだから、今日は1日寝かせといてくれ。俺もこう見えて結構二日酔いが来ててな、寝かせてもらう」
との事で、布団を整理して、寝かしつけた。結局2人は夜になっても起きることなく、私も寝る時間になった。
…。
…。
…。
物音がしたので、布団の中で目を覚ました。絹が1本1本解れるような細く高い声が聞こえた。それは、紛れもなく金城の声であった。規則正しく木綿どうしが擦れる音がする。私は、心臓にまとわりつく氷水のような恐怖を感じながら。こっそりとそちらを見た。
晴れた夜の月光が、レースの薄いカーテン越しに青色を差し込んでいる。その光は家具や布団を青く照らしたが、2人のいる場所は丁度逆光で影になっていた。それは、まるで十字架に見えた。縦の部分が上下に規則正しく動いていた。その影は凹凸が大きく、稜線のようであったので、金城であると推測された。
とはいえ、そのような推測など後になってから出来るもので、その十字架に直面した瞬間分かったのは、猫が現れた。このことである。
ふと、金城が唐突に現れた快感に喘ぎ、頭を後ろにもたげた。そのとき、猫も同じように突然頭をもたげた。猫の萌葱色の目は月光を反射して、こちらを見ていた。友情を破壊された悲しみというのは、萌葱色なのか。私は、そう理解した。氷水は溶け、沸騰し始めた。私は、全て理解した。
その時、猫の首筋に1本の線が現れ、そこからみるみる内に血が吹き出してきた。すると、喘いでいた金城は猫を目撃し叫んだ。吹き出す鮮血は勢い止まず、とめどなく溢れ出す。下にいた佐竹も驚き腰を抜かしている。金城も、佐竹も、家も、何もかも血に塗れた…。
脱衣場で下着を脱いだ時、鮮血と一緒にべっとりとした精液が付着しているのを発見した。私は、完全に満足した。あとは、最後の作品を終わらせるだけだ。
シャワーを浴びた後、服を着替え、黄色い家から出る。電車に乗り、事前に調べておいた崖に包丁を持参して行く。
「ようやくか」
私は、私自身の人生にケジメをつける為、独り言を言う。
「もう、全部理解した。思い残すことは無い。すぐ行くぞ、お前ら」
両首筋に、軽く包丁の刃を走らせる。熱い痛みとともに温かな血が胸を流れ落ち、体を赤く染める。血に濡れた私の股間は、今まで見たこともないほど膨張していた。
行こう。
曇天の空を見ながら、崖へと向かう。
「よし」
そうして、地球に全て任せた。その時、雲の隙間から日光が差し込んできた。真っ黒い海は白い泡を運んでいるが、そこに長方形の光の枠が出来た。それは、まさに額縁だった。
海に叩きつけられ骨が粉砕される音を聞いた。全裸ではあったが、すぐに沈む。上を見ると、海水に透かされた日光がこちらを向いており、血煙がフワフワと布のように舞った。そして、今向かい続けている下を見る。深海の青さは、例の自画像の黒によく似ていた。
極限の美 中下 @nakatayama
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