13

不合格。

私は天上から海底へと叩きつけられた。あれほど、人に期待させておいて。あれほど、意匠を凝らしておいて。あれほど、素晴らしい絵を描いておいて。

不合格。

考えてみれば、当然だったのかもしれない。私はひとつの妥協をした。普通であることを受け入れるという妥協だ。私は、軽い気持ちで、自分の持つ特異な美意識を捨てた。脳が1箇所に圧縮されるような、そんな目眩を覚えた。視界はぼやけ、足取りは、怪我をした鶴のようにふらついた。細い足だった。ほら見ろ、猫がふてぶてしくこちらを眺めている。だがそれでも、その猫は美しかった。萌葱色の瞳が、月夜に妖しく映えていた…。

こんな状態の私を救ったのは、やはり金城ら友人だった。彼らが合格したことを知った時、私の心に、素直な喜びが生まれた。だが、その喜びは、普通という毒が、間違いなく私を侵食している事も表していた。その事に気づいた私は、彼らに相談したのだが、

「革命ね。貴方の美意識には革命が起こっているの。革命っていうのは、支配する者とされる者の逆転を意味する。貴方は、今まで美意識に支配されている節があったね。もう気づいたでしょう?貴方の肉体と精神、そして美意識は、今、隅々まで貴方が支配しているわけ」

と、金城。

「俺も同感だな。お前は、自分の美意識を上手く操れていなかった。有り余る才能が暴走してて、俺みたいな死体趣味を持ったり、変な猫の幻覚を見ていただけさ。今回の最高傑作は、とんでもないものだった(返送されていたので作品を見せていた)。あれが、美意識の暴走の最後の花火って訳だ。これからは、ようやくお前が本来の才能を発揮できるってことさ」

と、佐竹。確かに、筋は通っていた。だが、私の心には、まるで喉に刺さった秋刀魚の骨のような痛みが残っていた。支配者だけが感じることを許される、背徳的快楽が無かったからである。


高校卒業後、自宅に居てもどこか落ち着かなく、尿意のような焦りが湧いてくるので、私は、彼らと同棲する事にした。彼らは快く許可してくれて、大学から少し離れた賃貸の一軒家を借りた(皮肉なことに、風景画はかなりの値で多く売れていたので、歳の割に財産は有り余るほどあった)。壁面が殆ど黄色いペンキで塗られていたが、劣化の為かところどころ剥げていた。まるで地すべりの後のように、木材の茶色が目だった。

1階建てで、キッチンと風呂場がついており、なんとか生活ができそうな家だった。だが、寝室と呼べるものがないので、リビングにベッドを置く羽目になってしまった。

朝起きて、当番であれば、皆の分の簡素な朝食、必要があれば弁当をつくる。2人が大学に行っている間、たまに絵を描き、描かない日は(というより、圧倒的にこちらの方が多い)掃除やら家事をして過ごす。夜になり、2人が帰ってくると夕飯になる。全て終わったら、例のリビングに置いたベッドで、窓際から、金城、佐竹、私という順で寝る。

充実した生活だ。一応、稼げてはいるし、なにより、幸せだ。しかし、それも危うい足場の上での出来事だと、本当の私は、つまりは、私の美意識は気づいていた。

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