第3話 遺書は必要かい?
今、俺は部屋に居ながらみゆきと話している。オンラインアプリの普及で顔をみながら話すことができるのだ。
うん?
風呂の時間だ。
みゆきに告げると、退席ボタンを押して風呂に入る。シャワーを浴びながら天井を見上げると染みが顔に見える。
みゆきの顔にだ。
俺は風呂を出ると対面ではなくチャットにしようと提案する。深い意味はないが文字だけの方が素直になれる気がしたからだ。
効果は直ぐにでた。
みゆきは最近、買った化粧品を取り出したらしい。オンラインでは恥ずかしいとのことである。高校の校則が厳しい訳ではないが化粧をしている生徒はまずいない。ましては、保健室登校のみゆきに教えてくれる人など居ないのである。
想像はできたが酷い結果で終わったらしい。
『元気出せと』素直に送るがしょげてしまったのである。
みゆきは再びオンラインで話したいと言ってくる。どうやら化粧は落としたらしい。
携帯の画面にみゆきの顔が映ると黒縁メガネをかけたいた。
「みゆきちゃん?」
「ワトソン君、知的なお姉さんだよ」
イヤ、どう見てもガリ勉少女である。
化粧の代わりのメガネらしいが否定的なことは言わないことにした。
「あー……」
セリフが見つからない。
「知的なお姉さんだから、勉強の面倒もみるよ」
先生役はあの保健の先生に教えているので慣れているのであった。しかし、俺は丁重に断った。つまらなそうなみゆきはたい焼きを取り出して食べ始める。
「ハムハム……」
やはり、たい焼きを食べているみゆきが一番可愛い。さて、明日も早い俺はおやすみなさいを言って退室する。
夢を見た。
みゆきの葬儀の後、枯れた涙から目が覚める夢だ。ややこしいが葬儀の疲れから寝落ちして翌朝起きる夢である。
携帯を確認すると昨日みゆきに会ったばかりである。悪い夢だ、忘れよう。部屋に暖房をつけると、俺は着替え始める。
朝の日常を終えて学校に向かう。高校に着くと昇降口でみゆきを待つか悩む。
十分ほど待つが何かが限界に達してみゆきにメールをする。返事を待っているとみゆきが現れる。
みゆきが俺に気づくとたい焼きを取り出して口にくわえて走ってくる。
「ワトソン君、わたしとぶつかってみないか?」
何処のラブコメだ。俺はみゆきの頭をナデナデする。
「きー恥ずかしいな」
赤くなるみゆきは何時も通りである。今朝の夢から俺は仮面を付けていた。
止まらない涙を止める為だ。みゆきとふれあえたことで仮面が割れる。
「どうした、ワトソン君、泣いているぞ」
「あぁ、砂が目に入っただけだ」
俺は素直になれない自分が悔しい。
悲しい夢を見たら素直にみゆきを求めて泣けばいいのだ。
俺は昼休みに保健室に行くことが日課になっていた。
「ぐおー、ぐおー」
あの保健の先生は椅子に腰かけ、いびきをかいて爆睡中である。
「みゆきちゃん?」
保健室に見当たらないので探してみると。奥のベッドで横になっていた。
心配して声をかけると。
「ワトソン君、死にゆくわたしは嫌いか?」
そう、時間は一年を切り、みゆきの死が現実になり始めたのだ。俺は今朝の夢を思い出す。
もう、涙は出ない。俺は自分の弱さを認めたからだ。決意の印として、俺はみゆきの頬に手をあてる。
「俺はすべてを受け入れた。みゆきちゃんの死は怖くない」
「ボクもだ、二人でなら、この病気も受け入れよう」
最後の時まで共に生きる事にした。
「ぐおー、ぐおー」
あの保健の先生は、まだ、爆睡中である。みゆきはベッドから立ち上がり国語の教科書を広げる。午後からの授業の準備を始めるのであった。
『ビビビッ』
突然、アラームが鳴る。
「はっ!おやつの時間だ」
あの保健の先生はアラームを止めてたい焼きを食べ始める。そう、授業開始まで少し時間がある。
俺は教室に戻る事にした。今日もみゆきとの思い出ができた。それは毎日が特別であった。
俺はみゆきの相応しい相手になれたのであろうか?一年以内の死も受け入れられた。放課後に自販機横のベンチに二人で座る。お茶を片手にたい焼きを食べている。
『ハムハム』
やはり、可愛いなー。俺がカメラ機能をオンにして携帯を近づけると、手を上げて妨害する。
「ワトソン君、恥ずかしいだろ」
そうか?今日の一枚には丁度いいが。強引に撮っても仕方がない。俺は携帯を下ろしてポケットにしまう。
「聞き分けが良いな、今日はキスでも試してみるか?」
はいはい、どうせ、寸前で茹でダコになって倒れるのだろ。うむ、大分、行動パターンが読めてきたのである。
それにここは学校だ、いくら目立たない場所でも問題がある。俺は再び携帯を取り出して明日の天気予報を見る。その瞬間にみゆきのくちびるが頬を射止める。
「えへへへへ……」
そうか、俺はキスをされたのか。多少、思考が止まっていた。
軽いキスをしてからである。みゆきを恋人として意識し始めた。あの保健の先生には公表したらしい。そのせいか会う度にアメーバの様に顔がドロけている。
要は羨ましのである。
「先生も恋愛したい!」
とうとう、本音まで言い始めた。昼休みに保健室でみゆきに会いに行くと、俺はたい焼きを与えてご機嫌をとる。
仕方ないが、みゆきが保健室で寝込む事が多くなったからだ。原因不明の血管が老化する病気である。みゆきは体力の低下が著しく落ちていくのであった。
「駒越君、遺書は欲しいかい?」
何故『ワトソン君』でないのか改めて言われると残酷な現実を突きつけられた気分だ。
「『ワトソン君』でないのか?」
みゆきは俺の問いにふさぎ込む。天才キャラで天然も入っているみゆきだが何かが変わったらしい。
「遺書は難しい英作文で書いて読むのに時間がかかる様にしようか?」
やはり、何処かがずれている。
「日本語でお願いします」
「分かった、秘密の場所に隠しておく」
ま、英作文よりましだ。そう、みゆきの死は目の前まで来ているのだ。
「ヒントは『ホットを求める』だ」
意味不明だがきっと見つからなくてもいいのだろう。
「あぁ」
俺はあの保健の先生の目をぬすんでおでこにキスをする。
「ブクブク……」
みゆきは赤くなって布団の中に沈み込む。今日はみゆきが生きていた、それだけで幸せであった。
卒業式の日は大雪であった。俺は悴む手を暖めて、あの保健の先生に会いに行く。
「こんにちはー」
「むむ、出たな、色男」
久しぶりに保健室の扉を開けて第一声がこれである。
「今日でこの高校ともお別れだ、最後ぐらいみゆきちゃんの知人に会いたくてな」
みゆきは夏の暑い日に倒れて一ヶ月程意識の無いまま入院して、初秋には死んでしまった。俺はあの保健の先生にお土産のたい焼きを渡して椅子に座る。
「ありがとう、最後の問いよ、このたい焼きを『ホット』で食べる?」
うん?何の事だ?
少し考えると『遺書』のパスワードが『ホット』であった。今更に『遺書』など要らないが、この大雪で冷えたたい焼きでは物足りない。
「『ホット』で……」
「はい、レンジで温めるわ」
無言の保健の先生は薬品棚の奥をゴソゴソとし始める。遺書でも出てくるのかと気持ちを高めると。
「ハチミツですよ。たい焼きに付けて食べましょう」
この先生は……。
温められたたい焼きを少量のハチミツを付けて二人で食べ始める。
「結局、遺書は無かったのか?」
俺の問いに保健の先生は重い口を開く。
「確かに遺書は預かっていたわ。でも、必要があって?」
「……」
俺が返事に困っていると。保健の先生は携帯を取り出して、動画データを再生する。
元気な頃のみゆきだ。
俺はみゆきの映っている動画を見始める。内容はホワイトボードを使っての数学の授業であった。
「これの何処が遺書なの?」
俺の問いにあの保健の先生は「あれ?わたしに残した遺書だったかしら?」と首を傾げる。
「えーと、思い出したわ、この授業の後に確か……」
数学の授業をスキップすると。
「ご清聴ありがとうございました。これからはワトソン君こと駒越君に送るメッセージです」
みゆきは髪をかき上げて、もじもじ、している。おぉ、最後のメッセージらしくなってきた。
「わたしは死んだとしても、ワトソン君を泣かせるつもりはない。むしろ早く忘れて、他の女子のケツでも追いかけていろ!」
うあー厳しいな。みゆきの言葉に絶句するのであった。
仁王立ちのみゆきは輝いていた。
そして……。
「恋する乙女は永遠に!」
決め台詞を言うと動画は終わってしまった。
「ちなみにこの動画はパターンBよ。本気の遺書は高校の裏手のたい焼き屋に預けてあるはずよ」
みゆきが死んでかなりの時間が流れていた。
「俺、その遺書、要らない」
「ま、だからパターンBを見せたのよ。みゆきちゃんが死んで何時までも、クヨクヨしている、駒越君には必要でしょうね。でも、このパターンBは痛みを乗り越えた今のあなたに丁度いいわ」
ふ、そう言うことか……。
今日は卒業式だった。俺には未来がある、たい焼き屋に預けてある遺書は要らない。
「どうせ、たい焼きを『ホット』でとか言う落ちだろ」
「当たりよ」
俺の中で何かが終わった気がする。
このたい焼きと少女の物語は終わりだ。
そう、まだ見ぬ出会いに心を震わして。
ワトソン君、わたしは一年以内に死ぬのだよ 霜花 桔梗 @myosotis2
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