第2話 たい焼きの奥深さ

 俺は自宅で星を眺めて、冬の大三角形を探していた。


 ……分からない。


 知識も無く星座など分かるはずもない。


『ワトソン君、今夜は星が綺麗だよ』


 奇遇にもみゆきも星を眺めていたらしい。どうせ、天才キャラだ、星座にもド詳しいに違いない。俺は寝ていた事にした。


『残念、ワトソン君なら星に詳しいかと思ったのに』


 この文面からしてみゆきは星に詳しくないらしい。俺は一緒に星を眺めていると返事を送る。


『寝ていたのだろ、起こしてすまん』


 この返事は俺の心が痛んだ。なんで素直になれない、小さな劣等感など捨ててしまえば良かったと悔やむ。


『みゆきちゃん、この星空に会いを叫んでも良いか?』

『なんだ!こんな夜中に会いたいのか?』


 あが、変換ミスだ、『愛』が『会い』なっていた。


 メールで告白など俺のバカバカ……。


 まさに後悔の連続であった。


 この恋人未満の関係を壊すのも考えものだ。ここは会いたいで通そう。


『ワトソン君はボクのこと好きなのか?』


 何故に空気を読めない問いが届くかな。仕方ないか『会い』と送ってしまったのだ。


 否定、肯定、俺の頭はフル回転していた。よし、ここは『友達以上だ』と送ることにした。


送信と……。


『わたしはワトソン君のことが好きだぞ』


 何故に!!!


 もう、携帯を川に投げ捨てたい気分である。


 最近の技術革新で色々距離は縮まった。しかし、直接会う事には勝てない。


『ゴメン、寝てた』


 俺は卑怯かもしれないが無かったことにした。


 恋愛って難しいな……。




 朝、俺は昇降口でみゆきを待つ。保健室で待っていても良かったのだが、それは最終手段にした。どちらかと言えば反対のような気がしたが関係が良好ならストーカーまがいの事も許されるとの理由だ。


「おぉ、ワトソン君、元気そうだな」

「みゆきちゃん、昨日のメールの件だが……」

「あ、あれね、普通にワトソン君と両想いで、ワトソン君がそれを認めたくないやり取りのことだろ」


げ……。


 必死に否定しようとしたことをさらりと言われた。


 確かに両想いならそれはそれで良いが。試しに右手を差し出して手を握ると……。


『ボン!!』


 みゆきは茹でダコのように赤くなる。あまりに異性に弱すぎる。


「ワトソン君はハレンチであるぞ」


 手を握っただけだろ、これは恋人になるには相当の苦労が必要だ。そう、時間が無いのである。みゆきは一年以内に死ぬ。それを考えると両想いは悲しすぎる。俺は真面目な顔をして付き合えないと言う。


「うん?ワトソン君は××の××野郎なのか?」


 あー何処で得た知識だ、かなり傷つくセリフである。


「否定しないのか?××はともかく、××野郎は確定だな」


 仕方がない、俺は全力で否定する。


「なら、ボクと付き合えるな」

「あぁ……」


 俺が頭を激しく掻いていると。


「ま、夫婦漫才をしているわ」


 幻聴なのか?外野から妙な声が聞こえた。そうか、ここは昇降口で全生徒が集まるのであった。とにかく、保健室に向かおう。



 俺達が保健室に着くと、みゆきは早速紙袋を開けてたい焼きを食べ始める。


「ワトソン君も食べるか?」


 うむ、貰おう……。ハムハムとたい焼きを食べるみゆきは可愛いのであった。


 美味しそうに食べるみゆきをよそ眼に、俺は静かにたい焼きを食べる。


「先生にもちょうだい、あ、ワトソン君ではなくて、駒越くんはホームルームの時間よ」


 この先生の考え方が一番幼い。普通はたい焼きを食べ終わってからだろ。反論する理由もなく、俺はたい焼きを食べながら保健室を出る準備をする。


「あ、ワトソン君、ボクはワトソン君の恋人で良いのだな?」


改めて聞かれると困るが、俺は頷いて返事を返す。


「えへへへへ……ハムハムと……」


 みゆきは微妙な笑いの中でたい焼きを食べている。ま、可愛いから問題なかろう。


「先生は一限の世界史の準備をするわ」


 俺は素朴な疑問から保健の先生に問うてみる。


「そうよ、わたしが授業を受けるの、いいでしょ、保健室登校は自由なの」


 俺もみゆきの授業で済むなら保健室をしたいものだ。渋々、教室に向かい、ホームルームに顔を出す。うん?プリントが回ってきてそれを読むと。


『悩み相談を受け付け中、お悩みは小さな事から解決しましょう』


 あの保健の先生とスクールカウンセラーとの連名であった。世の中には色々と不思議があるがまさに『あの』保健の先生であった。


 さて、次にみゆきに会えるのは昼休みくらいか……。シャーペンを手の上で回しながら退屈な授業を受けるのであった。


 俺は昼休みにご飯の後で保健室に向かう。一階の保健室に入るとみゆきがウロウロしている。


「おーワトソン君、よく来た、麦茶でも出すから待っていろ」


 奥の椅子に招かれると氷の入った麦茶を渡される。暑いくらいの暖房の効いた室内では冷たい麦茶でも美味しく頂けた。あれ?俺は何しにこの保健室に来たのだっただろう?

みゆきに会いにきのだ。


「みゆきちゃん……押し倒してもいいかな?」



 冗談であったがこのシチュエーションに興味があったからだ。みゆきはポカンとこちらを眺めている。意味は通じなかったか。


 うん?


 視線を感じる。あの保健の先生である。何故か黒ビキニ姿でこちらを見ているよく言えば大人の魅力だが何故、黒ビキニなのであろう。


「先生は良くってよ」


……。


辺りに微妙な空気が流れる。


「モリアーティー教授、その姿は刺激的だな」


 大体の予想はついた。みゆきがモリアーティー教授と呼ぶのでその気になったのであろう。


 そう、多分、保健の先生はモリアーティー教授の事を知らない。セクシー女優ならモリアーティー教授ですよと教えた事があった。おれも詳しい訳ではないので、適当に教えたのである。


 あの保健の先生は黒ビキニ姿で恥ずかしそうに麦茶のコップを片付ける。恥じらいは残っていたらしい。


 さて、午後の授業だ。俺が帰ろうとすると。もじもじとみゆきが俺の袖を引っ張る。


 ふう~こんな関係もいいなと思うのであった。



 教室で帰る準備をしていると。みゆきが顔を見せる。


「ワトソン君、今日の放課後暇かい?」

「あぁ、今日は課題も出ていないから暇だよ」


 どうやら、たい焼き屋に行きたいらしい。あの美味しいたい焼きである。話は簡単に決まり、俺達は高校の裏道を二人で進む。確かこの先は国道であったはず。そう、更に進むと開けた国道にぶつかる。


「この道を渡るのだよ、本当はこのまま横断したいのだが危険でね」


 目の前にあるたい焼き屋とは反対方向に歩き出す。


 すると国道を横断する陸橋を渡る。


 あーかなり歩くな。


「みゆきちゃん、この道を毎日、行き来しているのか?」

「そうだよ、ボクは保健室登校なので空いた時間ができるのだよ」


 ほー関心していると、目当てのたい焼き屋に着く。


「おばちゃん、たい焼き、十個ちょうだい」


 店員さんのおばちゃんが手際よく焼き始める。そんなに大量に食べるのかと疑問に思っていると。


「ここのたい焼きは冷めても美味しいのだよ」


 なるほど……と、納得していると、たい焼きが焼きあがる。


「焼きたては格別だよ」


 そう言えば焼きたては初めてだ。そのたい焼きはホカホカで、こんがりとした香りがたちこめている。二人で食べ始めると……。


「こ、こ、これは美味しい!」


 俺はテレビの食レポのような経験が無いので美味いしか言えないでいる。

うん?


 みゆきが突然青ざめる。


「ワトソン君、お金が足りない……」


 は?


「逃げるか?」


 俺は渋々財布を取り出すのであった。



 たい焼きを買って帰る途中でのことである。真冬の天気は寒く、みゆきの持っているたい焼きの袋から、さっきまで湯気が上がっていた。


「どうした?元気が無いぞ」

「たい焼きが冷めてしまった……」


 当たり前のことだが寂しそうなみゆきに心が痛んだ。俺は想った……みゆきが特別な存在であることを……。でも、本当に一年以内に死んでしまうのか?もう一度、俺はみゆきに問うてみる。


「ごめん、ワトソン君を巻き込んでしまった」


 それは悲しい現実であった。とにかく、一旦、保健室に戻る。あの保健の先生がツンツン怒っている。


「二人でたい焼きを買いに行ったでしょ」


 だから、なんだと反論したいが、みゆきは素直に謝る。


「みゆきちゃんは、もう、無理は出来ないはずよ」


 そう言う事か……。


 「で、わたしの分のたい焼きは?」


 あぼぼぼぼぼ。台無しにになる様な事を言うな!


 みゆきはあの保健の先生に紙袋を手渡す。


「おお、心の友よ」


 ジャイアンかと思うがジャイアンである。モリアーティー教授改め、ジャイアンにしよう。


「先生も大切な人を失ってね……」


 あの保健の先生の眼鏡が曇る。


「そう、フラれたの……」


 だろうな。


「さて、帰るか?」

「おぉ!」


 元気な声は俺にはまだ時間があると感じられた。

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