ワトソン君、わたしは一年以内に死ぬのだよ

霜花 桔梗

第1話 突然、ワトソン君と呼ばれる

 冬、この街にも雪の季節がやってきた。


 俺はサッカーの授業中にクロスプレイで足を傷めてしまった。


 軽い捻挫であろうが取りあえず体育教師の指示で保健室に向かう。


 うん?


 先客がいる。ショートカットで背の低い女子生徒であったが制服の上からポンチョを着ていた。


「おお、ワトソン君、君もここの住人かい?」


 何故、ワトソン君なのだ?この女子はホームズにでもなった気分でいるのか?


「イヤ、俺はワトソンではないし……」

「そんなことは問題無い、ボクがワトソン君と決めたからにはワトソン君になってもらうよ」


 これは学校内で事件が起きてそれを解決するのか……?沈黙の後でポンチョの女子が話を始める。


「安心したまえ、ワトソン君、この学園で事件など起きたことがない」


 おい、事件の無いのにワトソン君なのか?


「あらあら、みゆきさん、お友達ができたの?」


 保健の先生が声をかけてくる。


「はい、紹介します、ワトソン君です」


 違う!


「俺は『駒越 真治』だ」

「はい、はい、ワトソン君、位置エネルギーと運動エネルギーの関係をご存知かな?」


 あ~振り子などに例えられる物理の話だ。


「ボクが位置エネルギーならワトソン君は運動エネルギーだ」


 ややこしい例えだが関係が深いとのことである。




 俺は痛めた足を保健の先生に見せていた。シップを張ってもらい、帰ろうとすると。


「ワトソン君、ボクは一年以内に死ぬのだよ」


さいですか……。みゆきの言葉など関係ないと思い、やはり、帰ろうとする。


「ままま、たい焼きが三つあるので一つ食べていかないか?」


 最初からそう言えばいいものを……。たい焼きが配られてみゆきはハムハムと食べ始める。


 うむ、普通に可愛いな。俺がみゆきに見とれていると。


「ワトソン君、原因不明の血管が老化する病気で、普通に倒れて死ぬのだよ」


 ここで嘘をつく動機がない。まさか本当なのかもしれない。少し迷ったが声をかける事にした。


「ホームズと呼べば良いのか?」

「みゆきちゃんでお願いします」

「あぁ、みゆきちゃんは本当に一年以内に死ぬの?」

「はいですの」


 保健の先生も頷いている。


「ワトソン君、死んでしまう女子は好みでなのかい?」


 難しい質問だ、死ぬのか……死ぬのだよな……。俺が困っているとみゆきが携帯を取り出す。


「これでわたし達は特別な関係だ」


 要は携帯の番号を交換したいらしい。



 無事に携帯番号の交換を終えるとみゆきはソシャゲーを始める。


「ワトソン君、フレンド登録してくれないか?」


 知らないゲームを外でダウンロードするのは抵抗があるな。


 ここははっきり断ろう。


「そうだな、最近のソシャゲーはコミュニケーションが無いから、意味が薄いので……」


 それでも、上機嫌のみゆきはソシャゲーを終えると電子手帳を取り出して英語の学習に入る。


 学年下位の俺にはとてもハードルが高い事である。よく見れば特進クラスの教科書である。長文の難解な単語の説明が英英辞典になっている。


 要するに英語の単語を英語で説明しているのだ。もう、ワトソン君で十分な気分になってきた。俺はそーっと保健室からの脱出を模索していると。


「ワトソン君、わたしは一年以内に死ぬのだよ。俺の胸の中で天に召されれよとか言わないのか?」


 うむ、恋愛経験ゼロだと予想がつくセリフであった。


「頭をナデナデでいいか?」


 みゆきは顔を真っ赤にして否定する。やはり、恋愛経験ゼロだ。試しに頭をナデナデしてみた。


 あれ、飼猫のように気持ちよさそうだ。

 

 それから突然のことである、顔がヤカンの様に湯気を上げて撃沈する。


 何か電線がキレたらしい。ここで死なれては寝起きが悪い。俺はみゆきを保健室のベッドに寝かせる。タオルを水に濡らして顔にかけると。


「ぶぶぶ、殺す気か!!!」


 おっと、口まで覆ってしまった。ま、慣れないことはするなだ。俺は保険の先生に後の事を頼むと外に出るのであった。


『ワトソン君』か……。


 少し変わっていたが可愛い少女であったな。俺は教室に帰る途中でみゆきのやっていたソシャゲーをダウンロードしていた



 朝、ショーホームルームの後のことである。


「ワトソン君、奇遇だね」


 隣の席からみゆきが声をかけてくる。確かその席は空いていたはず。


「その席は……?」

「うん、保健室登校から久しぶりに教室に来てみたの」

「みゆきちゃんは三年生の特進クラスでなかったの?」

「あ、教科書だけ特進クラスであるがね、所属はこのクラスなのさ」


 どれだけ天才のキャラなのだ……。


「ところで、ワトソン君、この教室は寒くないか」


 あぁ、温水型の暖房がまだ電源が入ってなかった。俺はパイプに温水が流れる暖房器具にスイッチを入れる。


「ありがとう、ワトソン君、たい焼きがあるのだが、授業前に食べないか?」


 俺はありがたくたい焼きを頂くと食べ始める。このたい焼きは何処で売っているのだろう?甘さは程よくあんこもしっかり入っている。


「さて、ワトソン君とのスキンシップもしたし、保健室に行くか」


 これだけ元気そうでも一年以内に死ぬのかな……。


「みゆきちゃん、俺の隣で授業を受けないか?」


 ふ、少し本気で惚れたか……何時からだろう、恋愛感情が欠落していたのは。俺はセンチメンタルな気分でいた。


「ワトソン君の隣……」


 みゆきは言葉をつまらせる。教室で授業を受けるか迷っている様子である。


「ボクはね、毎日が特別なのだよ、死の恐怖ではなく、死を受け入れて、本当の生きる意味を知ったのだよ」


 毎日が特別。


 それはみゆきが空を飛ぶ小鳥のように自由であったことを意味していた。


「じゃ、保健室に行くよ」


 教室を出て行くみゆきを見送るのであった。自由な小鳥を繋ぎとめておくのは不可能なのか。


 そんな想いが俺を支配していた。


 俺は空席の隣の机を見ていた。みゆきの席である。


 二年生なのに三年生の特進クラスの教科書を使っていた天才キャラ……。


 俺は休み時間に保健室に行ってみる。


「みゆきちゃん、居る?」


 その言葉に奥から声がする。


「おーワトソン君」


 相変わらずの制服にポンチョ姿である。事件が起きれば直ぐに解決するだろうな。しかし、普通は殺人事件など起きない。


「ワトソン君、冷えているが、たい焼きがあるぞ」


 うむ、例のたい焼きだ、普通に美味しくて何処で手に入れているのだろう。そんな事を考えながらたい焼きを食べ始める。たい焼きを食べ終わると単純な疑問が生じる。


「モリアーティー教授はいないのか?」


 単純な疑問をみゆきに問うてみる。


「しいて言えば、保険の先生に頼もうかな」

「はいはい、雑談はこれくらいにして、今からは化学の授業ですよ」


 保健の先生が近づいてきて俺達に声をかける。おっと、休み時間が終わっていた。


 保健の先生は椅子に座り、ホワイトボードを見ている。先生役はみゆきだ。


 教えるのかい!


 俺はこんしんのツッコミを入れる。そう、保険の先生に化学の授業を始めるのであった。みゆきの教科書は確か文系の特進クラスのはず。どれだけの天才キャラなのだ?とにかく、授業中だ、俺は教室に戻ろう。また、保健室に行ってみようかな。そんなおぼろげな想いがめぐっていた。

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