教室のはじっこ(旧)

雨世界

1 おはよう。気持ちのいい朝だね。

 教室のはじっこ


 登場人物


 大野千枝子 中学一年生の女の子 元気な子


 川岸須磨子 中学一年生の女の子 綺麗な子


 山谷真由美 中学一年生の女の子 可愛い子


 プロローグ


 ねえ、私たち、友達になろうよ。


 本編


 おはよう。気持ちのいい朝だね。


 いま、心から思うことがある。あのとき、あの場所で、あなたに対して、こうしておけばよかったって、……ずっと後悔している自分がいる。


 ずっと仲良しだった親友の大野千枝子、川岸須磨子、山谷真由美の三人が大げんかをしてしまったのは、ある春の日のお昼休みの教室での出来事だった。

 その次の日。ちょっとした事件が起きた。

 須磨子がその長かったとても美しい黒髪を耳が見えるくらいまでばっさりと切ってきたのだった。

「おはよう、千枝子」とにっこりと笑って須磨子は千枝子にいつものように朝の挨拶をした。

 でも須磨子はいつものように真由美に朝の挨拶をしてくれなかった。


 その日、千枝子と須磨子はいつものように友達のままだった。

 でも真由美はそうではなかった。

 真由美はもう二人の友達ではなくなっていた。


 三人はもう昨日までの仲の良い三人組ではなくなっていたのだった。真由美は千枝子と須磨子のとても楽しそうな会話の声を一人で、教室のすみっこにある自分の席に座って、窓のほうをずっと見ながら、なんとなく(会話の内容はわからないくらいの気持ちで)聞き耳を立てて聞いていた。


 いつもならこの場所は三人の集まる教室の指定席のような場所になっていた。

 でも、今この場所にいるのは真由美ひとりだけだった。


 千枝子と須磨子の二人は、それがいつもの、当たり前のことのように、教室の真ん中にある須磨子の席のところにいた。(千枝子の席は廊下側にあったのだけど、千枝子は須磨子に挨拶をされると「うん。おはよう」と言って、須磨子の席のところまで移動をしていた)


 それから何事もなく担任の先生がやってきて、いつものように授業が始まって、いつものように休み時間があって、お昼ご飯を食べて、お昼休みの時間がやってきて、午後の授業を受けて、そしてあっという間に何事もなく放課後の時間になった。


 ……その間、真由美はずっとひとりぼっちだった。


 真由美は今日一日中、ずっと千枝子と須磨子と仲直りをする時間がくるのを待っていたのだけど、その時間は結局、真由美のところにはやってはこなかった。(千枝子と須磨子の二人は真由美のことをずっと見てくれなかった。真由美はまるで自分が今日一日だけ、透明人間にでもなったかのように思った)


 真由美は自分から二人に謝ろうかと思った。でも、それがどうしてもできなかった。

 ……すごく怖かった。

 真由美の中には、そんな勇気はどこにもなかったのだった。


 千枝子と須磨子は二人で一緒に真由美を教室のはじっこの席に置いてけぼりにして、さっさと二人だけで学校から帰ってしまっていた。


 真由美も、いつまでも真っ赤な夕焼けの景色を眺めていないて、そろそろ自分の家に帰ることにした。(帰りが遅くなると家族が心配するだろうと思った)

 

 そのひとりぼっちの帰り道の途中で、ふと、真由美の隣を仲良しの別の中学校の別の制服を着た全然知らない、女子生徒三人が通り過ぎて行った。


「ねえ、一緒に帰ろうよ、真由美」

 そう言って笑顔で須磨子が自分に声をかけてくれた、……本当にずいぶんと昔のことを真由美は、ふと思い出した。

 その須磨子の一言から、真由美は須磨子と友達になって、須磨子の友達だった千枝子と友達になった。


 真由美は帰り道の途中で、その足を止めた。


 そして真っ赤に染まっている夕焼けの、学校帰りのひとりぼっちの川沿いの土手の上で、静かに一人で泣き始めた。


 真由美の心の中には三人のずっと楽しかった思い出だけがあった。

 ……でも、それはもう、本当に、……ずっと、ずっと、昔のことのように真由美には思えた。


 遠くでさっき真由美を追い越して行った別の中学校の仲良し三人組の女子生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 そのずっと遠くから聞こえてくる楽しそうな笑い声と一緒に、真由美の心の中を千枝子と須磨子と、真由美の中の良かったころの三人が、ひとりぼっちの、泣いている真由美の隣を、まるで風のように駆け足で駆け抜けて行った。


 立ち止まって、泣いているひとりぼっちの真由美は、そんな三人の背中をただずっと遠くから見つめることしかできなかった。


 ……明日、ごめんなさいって、ちゃんとあやまったら、ちゃんと千枝子と須磨子の二人は、……私のこと許してくれるかな?


 そんなことを涙を制服の袖でぬぐいながら、再び土手の上を歩き出した真由美は思った。


 エピローグ


 泡のようにすぐに消えてしまう私たちの大切な言葉。……私たちの大切な気持ち。……私たちの大切な思い。


 教室のはじっこ 終わり

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