パンツを作った奴マジ殺す

杜侍音

パンツを作った奴マジ殺す


「パンツを作った奴マジ殺す」


 目の前にいる男はいきなり訳わからないことを言い出した。まぁ、いつものことではある。

 この男、岸原裕之きしはら ひろゆきは、私と同い年の幼馴染である。

 幼稚園の頃からずっと一緒で、切っても切れない腐れ縁という奴。当時から変わっていたが、成長するにつれてそのおかしさは磨きがかかるようになっていた。


「…………」

「……え、なに」


 純粋かつ不純な瞳でジッと私の方を見つめてくる。てか、見んなバカ。


「理由」

「は?」

「聞かないのか。理由」

「いや、何度も聞いたし……はいはい、何でパンツを作った奴を殺そうとしてるの?」

「よくぞ聞いてくれた瑞穂みずほ!」


 圧に負けて、私はまた長くなるような答えが来る質問に誘導されてしまった。

 ちなみに瑞穂とは私のこと。岡本瑞穂おかもと みずほ。特にこれといった特徴のない、いたって普通の女子高生。

 今は裕之の部屋に上がり込んでいて、これから始まる彼のノーパン演説を聞く予定である。


「まず人類が犯した大きなあやまち、パンツが穿かれるようになったところから振り返らねばなるまい」

「いや、何で?」

「そりゃ、俺はパンツを作った奴を殺すと言ったんだ。開発者が誰かを探るところから始めねばならんだろ」


 良かった。パンツを作ってる企業や工場に焼き討ちにでも行ったらどうしようかと思っていた。

 どうせ発明者は既に死んでるだろうし。


「俺が調べたところによるとだな、紀元前3000年頃に存在したとされる世界最古の文明、シュメール文明の像に描かれた女性がパンツらしきものを穿いていたことがパンツの起源だとされている」

「へー、思ったより古いかも」

「また日本人で初めて穿いたとされるのが、明治初期の津田梅子ら五人の留学生らしい。そこから大衆に広まったのは大正末期頃とされている」

「え、意外と最近」

「そうだ。まぁ豊臣秀吉が最初という説もあるが……。もし日本が洋装化せずに、和装のままの生活スタイルを維持していればみんなノーパンだというものの……許さんぞ文明開化ぁっ‼︎」


 歴史に噛み付いてきやがった。

 昔の人ナイス。ほんとこの時代に生まれて良かったー。


「何故現代の人間はパンツという世界で一番いらない布製品を着用しているんだ! 愚かな人間め!」


 それ言う裕之も愚かな人間なんだよな。


「いいか? ノーパンには理想だけじゃない、機能性があるんだよ!」


 穿いてないものに機能性を求めるのって何?


「通気性が良く、締め付けもないから開放感があってストレスフリー。かの金メダリストや有名アーティストまでノーパンを公言しているほど、ノーパンは人間の底知れぬ潜在能力を引き出すことができるんだよ!」


 まぁ、それはニュースとかSNSで見たことあるけどさ。


「だが一方パンツはどうだ? 穿いていると常にゴムで締め付けられるから血行を妨げるし、またパンツの中が蒸れて不衛生になりがちになる! あー、パンツいらない、広辞苑からその名を消したい‼︎」

「はいはい、毎度そう言うけどさ、パンツにも意味はあると思うよ? ズボンやスカートを汚さないためとか、むしろ締め付けることでリラックス効果のある人や気合いが入る人だっているんじゃないの?」

「それは個人の意見だろ」

「いや、ノーパンも個人の意見でしょ」

「ふっ、何も分かってないなー。ノーパンはな、俺が大好きなんだよ‼︎」


 一番の理由、性癖をもう出してきやがった⁉︎ しかも超個人的意見じゃん‼︎


「ノーパンが正義に決まっているだろぉ‼︎ たった一枚隔てた先にある秘境。そこに俺たちの夢と希望が待っているんだよ! それを何パンツとか最終防衛ラインを張っているんだぁー⁉︎」

「それって結局裸が見たいんじゃ──」

「違う‼︎ いいか。世の中一番のエロスを感じるのは妄想なんだ。もし、あのスカートが風で捲れてしまったら、ズボンの色が濃く変わっているのは、と色々と妄想するのが一番最高なんだっ……! もはや全裸よりも興奮する‼︎」


 うっわ……変態だ……。


「もちろん裸が見れるなら見たい」


 見たいんかい。


「ともかく、俺は全人類ノーパンになるべきだと大統領になったらそう法律を制定する‼︎」


 日本には大統領制度ねぇよ。海外にでも行くんか。

 ま、このように裕之はパンツを穿く前にオムツが足りていないのである。じゃなくてオツムか。私もちょっと頭が悪いのは勘弁してほしい。


「あ、今思ったんだけどさ、裕之ももしかして今ノーパンなわけ……?」

「いや、違うが?」

「違うのかよっ!」

「本当なら俺もノーパンが良いに決まっている! しかし、夏の制服は既に通気性が良い上に薄いからな。もし、パンツを穿かなければ、小さな俺が元気になった時に他人にバレ──」

「あぁ! 分かった、分かったってば! それ以上は言わなくていいから……‼︎」


 男がパンツを穿く理由は、勃起がバレる可能性を抑えるようにするためでもあって……こうやって脳内でまとめるのも凄く恥ずかしい限りだ。


「もちろん本音はノーパンでありたいと思っている。むしろズボンすら脱ぎたい気分だ」

「それは捕まるからせめて何か穿け」


 ここで私は一つ疑問に思った。

 パンツが元から不要である水着は裕之にとってどうなのだろうか。


「──それは良い質問だな瑞穂!」


 聞いてみたら褒められてしまった。死ぬほど嬉しくない。


「確かに水着はパンツではないから、ノーパンの一種なのかもしれない。しかし瑞穂、俺はだな……下から覗き込みたいんだ!」

「うぇっ⁉︎」

「できればパレオ的なのを巻いた上でノーパンであって欲しい。あ、バスタオルでもありだな」


 こいつ、ノーパン信者じゃなくて、ただのローアン信者では?

 ったく、気色悪いし変態だな。

 こんな下品な言葉ばかり並べて、幼馴染として恥ずかしくなる一方だ。

 私以外の誰かがこいつのことを好きになることはないだろう。



 ──そう、私は今、ノーパンだ。



 こんな馬鹿を好きになってしまったばっかりに、私はこいつが好きなノーパンで学校帰りに部屋に上がり込んだのだ。

 しかも、本当はもっと前からノーパンで裕之の家に行く計画をしていたから、一日で終わらせようと思ったところを数週間もノーパン生活を続ける羽目になってしまった。

 開放感ってのは、半分正解かもしれない。

 けれど、それ以上に誰かに見られるかもしれない背徳感と、むしろ誰かに見て欲しい変態性が相まって、身体の底から何かが湧き出る快感を覚えていた。


 多分、私の方が変態だ。



「……ねぇ、裕之」

「ん? なんだ?」

「もしさ、もしもだよ。私が、ノーパンだったら、どうする……?」


 横座りしている私は、彼に見せつけるようにしてスカートを脚に沿わせながら捲っていく。

 徐々に見える範囲が広がる生足に、私自身が興奮していく。

 今日、私は大人の階段を彼と一緒に何段飛ばしで上っていくんだろう……。



「パンツを穿かせる」

「……は?」


 裕之の言葉に、私の捲る手は止まる。


「え、なんで……? み、見たくないの、ノーパンなところ⁉︎」

「ノーパンは見たいが、ノーパンの瑞穂は興味ないぞ。子供の頃に一緒に風呂に入ってたからな。瑞穂の裸は妄想せずとも分かる。だからノーパンになろうとも興奮などしないさ!」


 ……何こいつ。

 私が勇気を出して、いや今はちょっと味をしめていたかもしれないけど、最初は裕之が私を見てくれるかなと思ってノーパンを始めたのに。

 なのに、あなたは性的な魅力がないです、と同義なことを目の前で言う⁉︎

 どうしてデリカシーもない男を私は好きになってしまったんだろう。あと、子供の頃からめっちゃ成長してるからっ‼︎ バカにすんな‼︎


「それに、俺たちは結婚するだろ。まぁ、そん時にでも見ることはあるだろきっと。わっはっはっ!」


 ──……っ⁉︎


 あぁ、そうだ。こいつはそんな恥ずかしいことを性懲りも無く平気で言うんだ。

 そういうとこがホントにムカついて、それでいて……あぁもう‼︎


「しかし、ノーパンであり続けるのは良くないぞ。女性は下半身を冷やさない方が良いからな。だから瑞穂はちゃんとパンツは穿いておくんだぞ」


 どっちなんだよ‼︎

 私以外の全人類は脱いでいて欲しいのに、私だけパンツを穿けってこと⁉︎ 私が最後にパンツを穿く人になるってこと⁉︎

 絶対に言うこと聞いてやるもんか……ずっとずっとノーパンでいてやる‼︎


 そう考えると、パンツなんてものが最初からなかったら、裕之もノーパン好きのバカにならず、私も変な扉を開かずに済んだのかな。

 はぁ……パンツを作った奴マジ殺す。

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