カンニュイティ

弥生

continuity

目覚めると俺のスマホに大量のメッセージが届いていた。送信者は俺だ。

独り身が長いのもあってか、俺は酔うと自分にメッセージを送ると云う習性がある。昨日は大阪に出張で大事なプレゼンをして、その手応えが良かったのに俺は気を良くして帰りの新幹線に奮発したビールを持ち込んで独りで祝杯を上げながら新横浜まで帰ってきたんだった。


1通目

[名古屋から乗ってきた2人組の女の仔を覚えてるかい?まさかとは思うが、一応ボイスレコーダーで盗聴している]


あぁ、ホロ酔いではあったけど若い2人組の女の仔が名古屋から乗り込んできて俺の後ろのシートに座ったのは覚えてる。2人とも何かのコスチュームのような真っ黒い服装をしていて、背の高い方はボーイッシュなツーブロックに若干ケバケバした化粧をしていた。ジャラジャラとアクセサリーを散りばめた長身の女の仔とは裏腹に背の低い方は黒いシンプルなフード付きのロングコートだったと思う。

そうだ、背の低い方はおそらく化粧もしていない雰囲気なのに顔の輪郭が日本人離れしたマネキンかフランス人形かの様な美形で、一瞬視線を奪われたのを覚えている。

後ろの席で賑やかに会話でもしてくれたなら、その声を肴に祝杯の続きを楽しもうと2本目の500ml缶を開けたんだ。


2通目

[ボイスレコーダの録音は途中からだから、俺が盗聴に踏み切った経緯を簡単に説明する!2人はシートに座るや否や会話を始めた。こんな所で他人に聞かれては不味い話なのでは?と片方が訊いたのに対してもう片方の仔が、新横浜に着くまでの小一時間、この密室に人類の出入りは無いし、この車輌に乗っている人数も把握している、新横浜に到着したら全員の記憶を消すまでだと説明をして、それに対してもう1人は『なるほど』と納得したんだ]


1本目の500ml缶のビールを空けただけの段階で記憶を飛ばすほど酔っていた筈はないのに、俺はこの俺自身がメッセージで寄越してきた様な2人組の会話を覚えていない。しかも俺がボイスレコーダーで後ろのシートの2人組の会話を録音した記憶もなければ、このメッセージを自分宛に送信した記憶すらない。この俺が見ず知らずの他人様の会話を盗聴するなどと云う行動を取ったことも、にわかに信じ難い。

———確かめる必要がある。

俺は鞄の中から会議やセミナーで愛用しているボイスレコーダーを取り出すと耳にイヤホンを押し込み再生ボタンを押した。


「アイツ、未熟なんだよな!アタシの正体を見破った時もなんの躊躇いもなしに話し掛けてきたし、人類に紛れ込むのに完璧に力を出し過ぎちまうんだよ。

人類と同化すんなら不完全を演じなきゃなのによ、完璧な人間に化け過ぎんだよ、アイツ。

滅多なコトでもなけりゃ口にも出さねぇハズの本名を最初から名乗って来たしな。だいたいさ、正体が天魔なのに天間なんて名字を名乗ってるんじゃバレるだろ?アタシが悪魔って名乗るようなモンじゃんか?人間としては完璧だからもてはやされてるみてぇだけどさ、アタシに云わせりゃ未熟者もいいとこだよな。

・・・まぁ、そんなトコに親近感が湧いて放っとけねーんだけどさ」


2人組の片方がけたたましく話をして、もう片方の仔が相槌を打っているのがハッキリと聞き取れる音量で録音されていた。


「いや、アタシはお世話なんてしてねーよ。仲良くはしてるけど暗黙の了解でお互いに干渉もしてないしな。だいたいキミ等の種族とじゃポリシーとか美徳とか主義がアタシとは違い過ぎんだよな。ほら、キミだってさっき記憶を消すって軽々しく口にしてたけどよ、アタシ等の間じゃ人間の記憶に手ぇ出すのってダセぇんだよな。よっぽどじゃなきゃそんなコトしねぇし、したとしても恥ずかしくて黙っとくんだけどよ、キミ等の種族じゃ悪びれるコトもなくホイホイ人間の記憶とかに手ぇ出すじゃん?」


3通目

[東京でコスプレのイベントでもあるのだろう、2人ともアニメか何かのキャラクターに成りきって楽しんでいるのだとは思うが、それにしても会話の詳細までが出来過ぎた世界観で成り立っている。そのキャラクターの登場する物語や舞台背景を全く知らない俺が聞いていても入り込んでしまいそうな設定だ]


確かにボイスレコーダーに録音されている彼女達の会話は興味深いし練り込まれたネタか何かの様に成立した会話が進行している。昨日の俺が云う様に、これはアニメか何かの設定があって、その物語を熟知したファン同士が楽しんで盛り上がっているだけなのかも知れないが、ひとつ、気になっているコトがある。

こんな面白い会話を肴に名古屋から新横浜までの小一時間ビールを飲んでいたハズなのに、俺はこの状況を一切思い出す事が出来ない。


「Yさん矛盾してるよ?さっき自分でも云ってたでしょ?人類は自分の都合の良い時は天使とか女神とか呼んでくるクセに都合の悪い時は鬼だの悪魔だの疫病神だのって呼んでくるって。ちょっと力を使っただけでもその結果に助かった人類は奇跡だとか有り難がるクセに、そうでない人類からは祟りだの呪いだの云って怖がられたりさ。その分類は人類が各々の都合の良い様に勝手に解釈してるだけだって云ってたのに、自分だって分類して区別してるよね?」


断言は出来ないがおそらく背の低い美形の仔の声だろう。先に捲し立てるように話していたもう1人の話に相槌を打って聞いていた方が反撃を開始した。

彼女達は自らを人外生物だと位置付けて各々の設定に基づいた台詞を交わして演じ続けているようだ。実に面白い。


4通目

[会話の最初から受けた印象だとおそらくこの2人は初対面で、共通の知人が居るようだ。その共通知人は可愛らしい声の方の女の仔とはかなり親しい様で付き合いも長いと見える。一方かすれた声のよく喋る方の女の仔は、最近その共通知人と一緒に暮らし始めたようだ。かすれ声の女の仔がその同居人である共通知人の愚痴を吐き、可愛らしい声の方の女の仔がそれを擁護する流れで会話は進んでいる]


なるほど、そう云われてみれば確かに片方はその「アイツ」の愚痴ばかり漏らしているがもう1人の方はその「アイツ」の肩を持っていて、かなり信頼しているのが窺える。

イヤホンから入ってくる2人の会話に没入していると、その「アイツ」と呼ばれている共通知人の他にもう1人登場人物が浮上してきた。どうやら彼は人間らしい。人外生物の2人暮らしに人間を招き入れた事へと論点が移り、よく喋る方の女の仔が漸く本題に入ったとでも云わんばかりに話を続けた。


「こう云う云い方をするとまた分類してるだの区別してるだの云われそうだけどよ、司る役割みてぇのはあるじゃん?アタシはさ、悪魔寄りって云うかさ、人間を惑わしたり恐怖心や不安を煽るのがメインだろ?人間の死に関しちゃほぼほぼノータッチなんだけどよ、ソコんトコ、キミ等は専門だろ?持ってんだろ?断絶の鎌」


「死神みたいな云い方しないでくれる?向き不向きや得意不得意はあるかも知れないけど、同属だよ?別にYさんがその同居人の人類の1人を殺やめちゃっても良いんだよ?」


「いや、だからさぁ!アタシとアイツとじゃ、あの人間を殺るとしたら絶対ぇアイツが殺るべきだろって話だよ!

最期のチャンス?なんかキミ等は殺っちゃう前に時間停めてあーだこーだやるじゃんか?アレって最期のチャンスなんだろ?アイツさぁ、もう何度も時間停めてその最期のチャンスやってんだよ、有り得なくねぇ?最期のって意味が解ってねぇんじゃないかなぁ?時間を停めては情けを掛けちまってさ、思い止まって生かしちゃうんだよ」


「いや、だからさぁ。別にYさんが殺っちゃっても良いんだよってば。次に時間停まった時にさ、横から入ってサクッと」


「いや、だからさぁ!アタシは殺やめるの向いてねぇんだってば!次にアイツが時間停めたら呼ぶからよ、キミがサクッと頼むわ。

お、もう新横浜に着くぜ?記憶、消すんじゃねぇの?」


「云われなくても消すよ。けど勘違いしないでね。死神の素顔を見ちゃったら人類は死んじゃうでしょ?だから記憶を消してあげるのよ」


5通目

[これは巧みな会話だったな。もしも明日になって俺が彼女達の顔を覚えていたなら死神の顔を見た罪で死ぬらしい。けど明日になって俺が彼女達の顔を覚えているって事は彼女達は俺の記憶を消せなかった事になるから彼女達が人外生物の死神だと云うのが嘘だと証明される事になる、と云うパラドックス]


ちょっと待ってくれ!

俺はこの小一時間にわたる彼女達の会話を一切思い出せない。彼女達が俺の後ろのシートに座った辺りから新横浜で駅を出るまでの記憶が綺麗に切り取られて白紙になっている。彼女達は間違いなく俺の記憶の名古屋から新横浜までの部分を消し去ったに違いない。

なのに俺は、死神の素顔を鮮明に覚えている。

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カンニュイティ 弥生 @yayoi0319

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