【短編】幼馴染の彼氏が浮気男であることを知った、とあるヤベー奴の『ざまぁ』を超えたナニか

夏目くちびる

第1話

 中学生になって私から告白したのは、彼を誰にも取られたくなくなかったから。昔からずっと隣に居てくれたケンタが、ある日少しだけ遠くに行ってしまったような気がしていたから。



「僕も、ユナの事、ずっと好きだった」



 そう言ってくれた時、私は思わず、目を涙で覆ってしまった。だって、見上げる彼の笑顔があまりにも眩しくて、それなのにずっと見ていたいって思ったから。ボヤケていないと吸い込まれて、本当におかしくなっちゃうんじゃないかって、そう思ったから。



 ……爽やかなイケメンがモテるだなんて、そんな事、言われなくたって分かってた。でも、ケンタだけは違うって、私はずっと信じてたの。私の彼氏だけは私を裏切らないって、ずっとそう思ってたの。



「当たり前だよ。僕は、ユナ以外に興味なんてないよ」



 高校生になっても、心配なんてしてなかったから、どこへ行くのかなんて確認したことも無かった。それなのに、ケンタはいつも私を安心させるように優しくしてくれた。それはきっと、心配性な私を落ち着かせる為に言ってくれてるんだって思ってた。なんて素敵なんだろうって、本気でそう思ってた。



 ……それなのに。



 ねぇ、どうしてケンタは、サッカーの後に私じゃなくてその子からタオルを貰うの?どうしてケンタは、ピンク色のハンカチを持っているの?どうしてケンタは、私の目を見て話をしてくれないの?それなのに、どうして出掛ける時だけは、真っ直ぐに私を見て……。



 ……私、もう、我慢できないよ。だから、今日だけは遊んでるところ、後ろから見ていていいよね?たった一度だけだから。今日が終われば、明日からはいい子にしてケンタを待ってるから。



 だから、今日だけは、あなたを疑わせて下さい。



 × × ×



 最初にそれを見た時、ユナはケンタが自分を裏切ったのだと感じていた。変わらない恋愛に飽きてしまって、だから他の女へ興味を向けてしまったのだと。……ならば、そうさせてしまった自分にも責任があるんじゃないかと自分を責めたのは、一晩を泣き明かした後だった。



 彼女がその考えを改めたのは、一種の現実逃避からだったのだろう。



 どうすればこれ以上悲しまずに済むかと考えた時、思い浮かんだのはやはり、ケンタから離れていくことだった。だからユナは、その日学校を休み、何度も何度も、彼にさよならを言う練習をしていた。



「……どうして?」



 ケンタは、自分を好きだと言っていた。昨日だって、眠る前に「大好き」だと連絡してくれた。それなのに、互いに好きでいる筈なのに、離れなければいけない理由がユナには分からなかった。



 だったら、悪いのは誰?



「ねぇ。誰なの?教えてよ、ケンタ」



 言われ、彼は目を丸くすると、彼女の持っているスマホに目を向けた。そこには、彼が女子と二人きりで写っている写真が並んでいる。そして、一枚ずつ、隣りにいる女子は違った。



「凄いね。やっぱり、ケンタはモテるんだね。毎日毎日、取っ替え引っ替え女の子と遊んで、それでも必ず私に連絡をくれてたんだもん」

「違うんだ。彼女たちは友達であって、そういう関係じゃ……」

「そうだよね。この子達が勝手に股を開いただけで、ケンタが好きなのは私だもんね?」



 ユナは、冷たい笑顔を顔面に貼り付けて、スマホの画面をスクロールした。



「そ、そうだよ。だから……」

「別に、みんなに見てもらったとしても、何も困らないよね」

「……え?」



 言うと、彼女はスマホをケンタに投げ渡した。彼がそれを確認してみると、写真が保存されているのはストレージではなく、とあるSNSサイトの投稿であった。



「この一年間、私はずっと見てたの。浮気に気づいてから、ずっと今日のために我慢してきたの。ねぇ、見てよこれ。すごく辛くて、もう何回も自分で切っちゃったよ。悔しくて、悔しくて、こうして自分を傷つけないと、もうまともで居られないくらい、ずっと耐えてたんだよ。でも、ケンタは気づいてなかったんだね。毎日会ってたはずなのに、どうして気づかなかったの?」

「それは……」

「ねえ、あなたの心って、どこにあるの?あなたの口は、いくつあるの?本当は、何人の人と付き合ってるの?」

「……お前、いい加減にしないと」

「ぶっ殺すの?」



 言って、ユナは部屋の隅の棚の上を指さした。ここは、ユナの部屋。彼女の両親は海外に赴任していて、今はこの一軒家に一人で暮らしている。



「みんなに見てもらおうと思ってさ、放送してるんだ。もう、ずっと前から」

「……は?」



 瞬間、ケンタの額にはじんわりと汗が滲み、それはやがて雫となる。ボタボタと床に垂れて、足を震わせながらユナが指差した棚の上のぬいぐるみをぶちまけると、そこには確かに、カメラが置いてあった。



「私のおうちは、ラブホテルじゃないんだよ?」



 SNSアカウントに貼られているリンク先は、確かに配信サービスを行っているアダルトサイトであった。ライブのアーカイブのコメントは、罵詈雑言で埋まっている。

 当然だ。恋人の家で、恋人以外の女と行為に及ぶなど、普通に考えればあり得ていいような事実ではない。しかし、一度試してバレなければ、何度だって同じことをするのが常なのだ。バレていない事が異常であると知るのには、彼はいささか若すぎたのだろう。



「どうして、そんな事をしちゃうの?結婚する気がなければ、浮気していいって本気で思ってるの?」



 問には答えず、ケンタはアカウントの投稿を狂ったように削除し続けている。ユナの声は、聞こえていないようだ。



「恋愛って、そんなに軽いモノじゃないの。踏みにじっていいような、そんな薄いモノじゃないの。女の子は、物じゃないの。まさか、ネットで言われてる事鵜呑みにして、本気でモテるから何してもいいとか考えちゃってるの?」

「け、消さないと……」

「まぁ、その程度のバカだから、アカウントがそれしかないと思ってるんだもんね。仕方ないなぁ」



 呟くと、ベッドの下からネイルハンマーを取り出して、それを跪いてスマホをタップし続けるケンタの頭に振り下ろした。



「うっ……」

「大丈夫、死なない死なない。人って、そんなに簡単に死なないから。そんなに簡単に死ねないから、拷問なんて文化があるんだもの」



 昏倒する彼に薬を飲ませると、細い体で持ち上げ地下室まで移動して、中央に固定された椅子に座らせて拘束する。そして、ユナは自分の好きな恋愛ソングを口ずさみながらいくつかの工具を綺麗に作業台に並べた。



「おはよ」



 窓の無い地下室では、どれだけの時間が経ったのかはわからない。しかし、ケンタは自分の状況を理解して拘束を解くように暴れたが、固く閉められた手と足の首は動かず、体力を無駄に消耗するだけであった。



「歯磨き、してあげるね。はい、あーん」

「お前、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」

「どうなんだろうね、わかんないや」



 言って、歯磨き粉を付けたブラシを優しく口元に運び、上下に動かす。しかし、ケンタはそれを拒むように首を動かして、口についたそれをユナに向かって吐き出した。



「もう、そんな事したらダメなのに」



 歯を磨く事を諦めると、ユナは作業台に向かって、大きなハサミを手に取った。シャキ、と一度音を鳴らして、ゆっくりと振り返る。その音は、ケンタの恐怖を煽るのに充分過ぎた。



「やめ……っ!誰かぁ!!誰か助けてくれぇ!!おい!配信見てる奴!早く通報しろよ!!助けてくれ!!」



 部屋には、いくつかのカメラが置かれている。ただし、この光景か配信されているかどうかは、ユナにしか分からないことだった。



「みんな、過激なコンテンツって大好きなんだよ。そうやって泣けば泣くほど、面白がってくれるの。相手を酷く扱うほど、再生数は伸びていくの。知りたくもないけど、知っちゃったから教えておいてあげるね」

「ごめん……、謝るから……」

「たくさんの女の子に手を出して、一体いくつの愛を囁いたの?何枚の舌があるのか、確かめてみましょう」



 そして、ユナはケンタの舌の真ん中に縦にハサミを立てた。

 瞬間、意識が遠のいていくような感覚に陥る。まさか、本当にやるワケがない。だって、そんなの異常過ぎる。脅しに決まってる。普通は、思ってても絶対にやらないんだ。だから、世の中は平和なんであって、もし全員が同じように自分の欲望のままに生きれば、めちゃくちゃになってしまう。だから、本当にやる訳が……。



「私も、そう思ってたよ」



 シャキ。



「……っづァあァっ!?」



 キレイに研がれた刃は、舌先を切り裂いた。赤い液は、彼の口元を伝って膝へ落ちる。勢いはなく、ただ静かだった。

 その姿を見て、ユナはケンタの胸に手を当てて、まるで何かを掴むようにゆっくりと掴んだ。



「ケンタの心臓、すっごくドキドキしてる。ねぇ、今どんな気持ち?私を裏切るときも、こんなにドキドキした?それとも、当たり前になりすぎて、何も感じなかったのかな?」

「た、頼む……」

「私の胸を触って?触ってよ。ほら、心臓、すっごくドキドキしてるの!なんでかな?初めてだからかな。すっごく、不思議な気分なんだ!」

「僕が、悪かったから。これ以上されたら、どうやって生きて行けば……」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!分かんないよ!私、女だから!ちょっと優しくされただけで大好きになっちゃうバカだから!ケンタがどうなっちゃうかなんて分かんないよ!」



 言いながら、彼が切らせないように歯を食いしばっても、彼女はそれをあらゆる手段で開かせて、3度も舌を切った。ヒラヒラと、先が短冊のように揺れて、血を滴らせている。



「ごめん、ごめんなさい。だから、これ以上は……」

「ねぇ、ケンタ。私の事、好き?」

「あ、あぁ。好きだよ。本当に好きだよ」

「そっか。じゃあ、ここで一緒に暮らそう?」

「……は?」



 ユナは、ケンタの頬を優しく撫でると、部屋の隅にあったノートパソコンを起動した。どうやら、今までの事は全て、二人だけの秘密だったようだ。



「ほら、もう一回言ってよ。私の事が好きだって。もう二度と、他の女の子とエッチしないって」

「あ、あぅ……」

「言えるでしょ?ねぇ、さっきのは嘘だったの?まだ舌があるの?もしそうなら、どうやってケンタの事を信じればいいの?ねぇ、教えてよ。好きなのに一緒に居たくないって、どんな気持ちなの?」

「す、すき……」

「それじゃ、みんなに聞こえないよ。他の子たちにさ、もう手を出しても無駄だって、ちゃんと伝えてあげて?」



 彼女の目を見て、ケンタは全てを悟った。もう、何を言っても無駄なのだと。自分が助かる道は、彼女のいいなりになる他無いのだと。



「す、す……あはへ」



だから、ケンタはうわ言のように好きだと呟き続けた。ただ、それが本心か、それとも助かる為の嘘か、そんなことはもう、ユナにとってどうでもいい事だった。



 × × ×



 人を支配する事が、こんなにも興奮する事だとは思わなかった。きっと、私はもう、普通のやり方じゃ感じることなんて出来ないんだと思う。誰かを傷つけないと、興奮する事が出来ないんだと思う。



 でも、それが不幸だとは思わなかった。だって、こうして私に縋ってくれる彼が居るんだもの。今では、私を一番に考えてくれる。どこにいたって、必ず一時間置きに連絡をしてくれる。帰ってきたら、満足いくまで私をイカせてくれるんだもの。



 ……ただ、少しやりすぎたとも思うの。だって、従順過ぎるとやりがいが無いから。



 少し飽きてきちゃった。新しい恋、してみたい。

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