怖がり

灰田 青

第1話

あの人、おばけだったらどうしよう。


仕事終わりの暗い帰り道、突然そう思った。

後ろを歩いている誰か。振り返ってはいないけれど、足音からして男性だろう。

近づいてきたり、大きな音を立てたわけではない。

そんなことを思う理由はひとつもなかったのに、不意にそんな考えが頭に浮かんだのだ。


電飾のついた看板の下で立ち止まってみる。

スマホを確認する振りをしていると、何秒かしてパーカーを着た若い男性が通り過ぎて行った。左手にはコンビニの袋を下げ、右手でスマホをいじっていて、私の方には全く意識がないようだった。


暗い道を歩いていると、きっと自分で怖いことを想像してしまうのね。

私は再び歩き出しながら、テレビでやっていた心霊特集の企画を思い出した。


電柱の影からこちらを覗き込む生首とか。

―電柱の後ろにはいくらか雑草が生えていただけだった。


誰もいないのに揺れるブランコだとか。

―公園には滑り台がひとつあるきりで、そもそもブランコが撤去されていた。


マンションの屋上から繰り返し飛び降りる自殺者の霊だとか。

―夜の屋上に目をやっても、暗くて何も見えなかった。


開けた瞬間腕を掴まれる郵便受けとか。

―カードの請求書をとって、すぐに扉をしめた。


道すがらに自分で怖い話を思い出してはちょっと怖がりながら、自分の部屋に着いた。

後はどんなのがあっただろうか。記憶と一緒に、鞄の中の部屋の鍵を探る。


鍵を開けた途端、ドアが勝手に開いた。

え、と思った瞬間、首が熱くなる。


見れば、ドアの向こうには先週振った元カレがいて、手には赤く濡れた包丁を持っていた。

再度振り上げられる包丁に、一歩も動けないまま、私は反省した。


おばけを怖がっている場合ではなかったなぁ。

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怖がり 灰田 青 @kai-bgm

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