第3話
『すごいことがありました』
彼のLINEの文字は、字面からして躍っていた。
都築はよく自分のつくった曲のうち気に入ったものを選んでCDに焼き、レコードレーベルに一方的に送りつけていた。だけどそういうのって、レーベルからすれば迷惑なだけの話で、たいていは無視を決めこまれたと聞いている。だけどいくつか送りつけたうちの一つの会社から、『一度、生音で聴かせてほしい』と電話があったのだとか。
これはすごいことだと思った。レーベルだって生半可な気持ちで返事をしたりはしないだろう。ある程度の可能性を見込んでいるはず。もしかしたら都築の曲に他の楽器の演奏がついて、データやCDで販売されるかもしれない。それは一番の友人の私にとっても、大きな大きな事件だったのだ。
『どうするの? その会社に行って演奏してみるの?』
『いや、池袋にレコーディングスタジオがあるから来てほしいんだって』
『池袋! 東京じゃん!』
『しかも来週!』
私たちの住む神奈川県藤沢市から池袋というのは、それほど離れた場所ではない。実際に通勤をしている大人もいるくらいだし、朝に出れば用事を済ませて夕方までに戻ってこられるような距離なのだ。
だけどその時の私たちは舞い上がっていた。有頂天だった。『池袋』という地名を『ハリウッド』のように読み替えて喜んだ。この件がうまくいったら、どさくさにまぎれてガストのパフェをたかってやろうと画策した。
『なにが評価されたんだろうねぇ』
私は、このLINEを終わらせることがすごく惜しくて、訊けることは全部訊いてやろうと思った。
『わからん! でも、自然なのがいい、って言ってたぞ』
『才能なのかな』
『知らん! 別に才能ないと思うけど!』
そんなやりとりを交わしながら、なんとなく推理した。都築の演奏の迫力。音と一体になっているようなあの感覚。都築の指弾きが一つの理由になったのではないだろうか。
『指、大事にしなよ』
しめやかに書くと、既読がついてから二分が過ぎた。
『おう。最近爪がちょっと荒れてっからな。気ぃつけるわ! ありがとう!!』
二分後の私は、夢の中にいた。
都築が横浜アリーナでライブをして。私は特別席のチケットもらって、サーモンのカルパッチョを食べながら彼の演奏を楽しんでいる。そんな夢を見た。
特別席があるかどうかということすら、まったく定かではなかったというのに。
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