第4話

 高校を卒業してから、都築つづきを見たのはただの一度だけだった。


 私は名古屋の大学へと進学したので、都築とは自然と疎遠になっていたのだ。距離的な問題もあったが、彼は高校生活の終盤において私のLINEに未読スルーを決めこんでいた。クラスで顔を合わせる際もなんだか話しかけることがためらわれて、もちろん都築が私にギターを聴かせる時間も消滅した。いつかいつかとタイミングをはかっているうちに連絡をしづらくなったのだろうか。私は都築からの返信を待っていたのだけど、その願いは叶わなかった。彼とのトークルームでは、私の『もうすぐ夏休みだね』のメッセージが今も既読を待っている。音楽室で過ごしたあの放課後は映画のワンシーンだったのではないか、と錯覚してしまうほどの時間がただ滔々とうとうと流れた。


 さて、その都築がテレビに映っていた。彼は新進気鋭の若手ミュージシャンとして右肩にストラップを背負い、どこか幻想的な感じのする曲を左爪で奏でていた。私はその勇姿を、ヤマダ電機のテレビコーナーで見た。


「うそ」


 ひとことそう言って、呆然と立ち尽くす。

 店内の音楽が聴覚からフェードアウトしていった。周りの景色も目に入らない。白い空間の中で、私と都築の目線だけがディスプレイ越しにつながっていた。


 一曲を歌い終えたあと、都築の簡単なインタビューへと移行する。


都築つづきゆうさん、ありがとうございました』

 アナウンサーが落ち着いた足取りで都築に近づく。あいつ、本名でデビューしたのか。

『強さとはかなさの両方を演出したい、とおっしゃっていたデビュー曲でしたが、まさにそのとおりの一曲になりましたね』

『そうですね。けっこう幅広く作ってきたのですが、この曲はこれまでにない感じにまとめることができて面白いと思いました』

『シンガーソングライターである都築さん。これまで何曲くらい作られてきたのですか?』

『今、パソコンで確認できるのは550曲です』

『たいした数ですね。これから、どんな都築ワールドを聴くことができるか。私もいちファンとして楽しみにしております』

『ありがとうございます』

『都築悠さんでした! ありがとうございました!』

 万雷の拍手とともに、都築はステージの下手へと向かった。


 私は都築の曲について、純粋に好感を得た。かつて友達だったというひいき目ではない。音楽を人並みに聴く私にとって、都築の作曲・声・ストロークのいずれもがプロと呼べるレベルだと感じたのだ。


 しかし、550曲か。


 つまり彼の演奏したあの一曲は、1/550のラブ・ソング。

 高校を卒業してからの都築は500曲を製作し、見事に夢をつかむことができた。到底の苦労ではなかったと思う。音楽を愛する奴のことだ、残りの549曲も強い思い入れをもって作ったことだろう。そのうちの1曲を、彼はテレビを通してこの世界とつなげてみせた。

 私は喜ぶよりも安堵あんどするよりも(それなら連絡くらいしてくれても)という残念な思いをわき出させるよりも先に、都築の執念にうすら寒さを覚えた。それは同時に、自分が執念をもって生きてこなかったことへのうすら寒さでもあったのだろうと思う。


 だが、それ以降。


 ネットで都築の姿を見ることはなかった。もちろん、テレビの中でも。

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