九十二 嬲るもの

 白星が土壁を越えた先では、大百足が巨大な炎の球体を口元に留めて待ち伏せしていた。


「──そう来るのを待ってたぜぇ!!」


 あわや大百足の吐いた火球が白星に直撃しようかという時。白星は白銀の息を吐き、火球を凍らせながら押し戻した。

 白星もこの展開を十分予期していたのだ。


 ある程度距離を取ると、氷で盾を作り、完全に炎を遮断する。


「くそがあああ! そんな薄氷一枚、すぐに溶かしてやっからなああ!」


 言葉の通り、大百足も火炎の威力を上げて見る見る内に氷を溶かしてゆくが、それこそ白星の思う壺であった。


「鳴神よ」


 大百足が完全に頭上から意識が外れた隙を突き、天雷を雨のように降らせる白星。


 いくら土気をまとっていたとて、直撃しては無傷ではいられぬ。

 声も出せず、ぶすぶすと煙を上げて黒焦げになる大百足。


「うお、く……くそが……初めからこれが狙いで……」


 ぜいぜいと虫の息で喘ぐ大百足の瞳には、驚愕が満ちていた。


 策とは十重二十重に練るものである。白星は特に相手の裏をかくのが好みであった。


「しかしいかんの。首が増えるにつれ、必要以上になぶる癖まで思い出してしもうたわ」


 そう言って、蛇のように目を細めて微笑む様は妖艶そのもの。


 これまでの全ての攻撃は、白星にとっては小手調べのようなものであったのだ。


「このおれを、いつでもやれたってのか? ……ふざけやがって……」


 地面を揺るがして倒れ伏した大百足は白星の言葉におののくが、それでも足掻くのをやめなかった。


「だが、おれだけじゃ逝かねえぜ……ちょっくら地獄に付き合ってくれや」


 全身の裂傷から黄色い光が漏れ始め、周囲の温度が急激に上がる。白星ごと散ろうという魂胆らしい。

 この規模と距離で爆発すれば、いかな白星とて無事では済むまい。


 流石に万事休すか、と思われたが、白星は常の如く落ち着き払い、一言呟くのみであった。


「もう遅いわ」



 しゃん──



 白星が大百足の首元に立った時、すでに首は断たれ、紫色の液体が勢いよく噴出していた。


 ごぼごぼと己の体液で窒息していく大百足からは、自爆の予兆も消えていった。

 止めを刺したと同時に奪った首の権能こそが、火気を宿していたのである。


「言うたであろ、ぬしの首で落とし前をつける、とな」


 簡素に鎮魂の舞いを捧げると、白星は白鞘を地に打ち付けた。


「それに、まだ折檻せっかんせねばならぬ輩がいるとわかったのは僥倖ぎょうこうよな」


 龍神を狂わせた挙句、大百足に力を与え、琵琶湖を狙うよう誘導したのは、紛れもなく黒き衣の女。

 狙いはいまいちわからぬが、里を襲った女と無関係ではあるまい。

 ここにきて、明確に「敵」と言える者の姿が見えてきた。


 しかしまだまだ情報は足りない。


「まあ、分からぬことは後回しでよかろ。まずはこやつの亡骸を、三上山の龍穴に祀るが先か」


 白星は自身と大百足の首を宙に浮かせると、三上山へ向けて飛び去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る