九十一 燃やすもの

「首だかなんだか知らんが、おれ様の太陽を消しやがったのはおめえか!」


 ぼうぼうと火炎の吐息を吐き散らしながら、大百足は白星を睨み付けた。


「うむ。何ぞ問題でもあるかの」


 涼しい顔で受け答えをする白星に、大百足の怒りが爆発する。


「大ありだ! 何てことしやがる! 琵琶湖を枯らして竜宮を襲う足掛かりだったってのによお! おまけに右目まで潰してくれやがって! どう落とし前つけてくれんだ、こらあ!!」

「落とし前? 望むなら、ぬしのそっ首、すぐに叩き落としてくれる」


 大百足の恫喝にもまったく動じず、白鞘を構える白星。


「龍神の命一つ使つこうて正した安寧。再度破るというならば、わしも修羅と化そうではないか」

「はっ! おめえのような小娘に、千年生きたこのおれが、どうこう、できる、と……」


 白星の解き放った膨大な妖気を見て、大百足の威勢が、見る見る内に萎えて行く。


「お、おめえなにもんだ!? そこらの妖怪じゃあり得ねえ妖気だぞ!?」

「さて。なんであろうな。これより死にゆくぬしには関係あるまい」


 白星は場にそぐわない微笑を浮かべると、白鞘を湖面に叩き付けた。


 すると白星の周囲へざばりと一斉に、数え切れぬ程の水球が浮かび上がってゆく。


「ほうれ。本体も串刺しにしてくれる」


 白星がくすりと吐息をもらすと、宙に浮かんだ水球から圧縮された激流の槍が次々投射され、大百足の身を幾筋も貫通していった。


「いでえええええええ!! くそ、ふざけんな! こんな化け物がいるとは聞いてねえぞ!!」


 初めこそ仰天して槍は無防備に刺さったが、正気に戻った大百足は意外にも機敏で、体をくねらせながら巧みに避け、あるいは尻尾で弾いてしのいでいた。


「ほう? 琵琶湖の守りが緩む事、どこぞで吹き込まれたか?」


 苛烈な攻撃の手は緩めずに、世間話のように語り掛ける白星。


「おうよ、まんまと騙されたぜ。黒い服の女によお。だがここまできて退けるかってんだ! もう貰うもんは貰っちまったしなあ!!」


 悪態をついた大百足は尻尾を振り上げると、大地に思い切り叩き付けた。

 すると地震かと思うような振動が周囲を襲い、その後湖と岸辺の間の大地が高く隆起し、巨大な土壁が大量の土煙と共に、大百足の姿を覆い隠した。


「熱血漢かと思わば、意外と頭を使うておるの」


 白星は土壁を一目見ると、展開していた水球を全て湖面へ戻した。


 土克水どこくすい


 土気は水気を吸い込んでしまう。

 言わば土壁は、水槍に対する最高の盾であった。


「だがわしは言うたぞ。修羅になると」


 それは白星の今持つ権能であれば、いくらでも土壁を避けて攻撃ができるという布告であった。


「あやつは邪気に呑まれてなお自我を保っておる。即ち性根が悪であるということ。なれば遠慮は無用よな」


 術の威力を上げる為、湖面の上を跳ね、くるりと一つ舞うと、白星は土壁をひらりと跳び越えた。


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