六十六 託すもの
白星に遅れる事数日。
まさに例祭の当日昼前になって、隠形のため労働者に扮した健速が土蜘蛛御殿に到着した。
例年は筆頭出資者として祭祀の末席に加わる健速であるが、此度は新任の少将、浅羽兼続に顔を見られるのを避けるため、大事を取って退避して来たのだ。
五馬とも挨拶を済ませ、白星達のいる客間へ通された健速は、苦虫を潰したような顔で頭を抱えていた。
「……まさか、
顔を合わせるなり、早々に白星の正体について聞かされ、思わず
「先祖代々守護してきたものが、かの大妖の分霊だったなど。何とも複雑な心境だ……」
やっとのことでそれだけ吐き出すと、かぶっていた頬かむりを解いて顔の汗を拭う。
「かか。恐ろしゅうなったか? 逃げ出すならば今の内ぞ」
白星がからかい混じりに問うと、健速は開き直って笑い出した。
「ふ、ははははは! 今更だな! もとより魔性のものとは承知の上。ここまで大物であれば、いっそ清々しくもある」
吹っ切れたようにそう返すと、白星の目を真っ直ぐに見る。
「星子との盟約はそのままなのだろう?」
「無論よ。何しろ、わしにとっても天津は怨敵とはっきりしたからの。
それを聞き届けると、健速は白星の脇に控えた星子へ目を向けた。
「であれば、須佐の民も変わらず着いて行くまでだ.どの道、他にすがるものもない」
「叔父上……ありがとうございます」
きっぱりと言い放った健速の言葉に、星子は安堵を覚えて頭を下げた。
「よせよせ。今や須佐の長はお前なのだ。いちいち礼なぞ言うな」
「え? 叔父上の方が年長ですし、何より長の実弟ではないですか。正当な後継ぎは叔父上でしょう」
「いや。お前は兄者の遺志を受け継ぎ、己の力で白星殿を味方に付けたのだ。その功績には、誰も文句を付けるまい。須佐の旗印は、星子と白星殿に一任し、おれは裏方に徹しよう」
「でも私、死んだも同然なのに……」
己の半透明な体を見下ろし、肩を落とす星子へ、白星が優しく声をかける。
「星子や。物事には適材適所なるものがある。こやつは、わしらにできぬことを引き受けると言っておるのよ。物資の調達、情報収集に、戦の始末、諸々とな。さすれば、わしらは目前の事だけに集中できようぞ」
「無理難題を吹っ掛けるのは、ほどほどにしてもらいたいが……」
苦笑しつつ健速が呟く。しかしその目には、強い覚悟が灯っていた。
「そういう訳だ、星子。不足はおれ達が埋める。お前は白星殿と共に、思うままの道を往け」
「……はい!」
頼もしい言葉を連ねる叔父の顔に、亡き父の面影を重ね、星子は復讐の念を新たにした。
「かか。健速よ、これでずいぶんと株が上がったのではないか。無理はしてみるものであろ?」
「からかわないでくれ。あの日は千歳と共に、どれだけ駆けずり回ったことか。折よく手近に備蓄があったから何とか間に合ったが、常に万事が上手く行くとは限らんぞ」
星子への自信に満ちた笑みから一転、健速は憮然として白星を軽く睨む。
「そうさな。今後の加減のためにも、今回の手腕について聞かせてもらうかの」
「何、そう特別な事でもない。以前に、須佐の民の隠れ家の話はしたろう」
白星が水を向けると、健速は膝を進め、三人が車座になるよう距離を詰めた。
「大黒屋は表向き健全な商いをしているが、地域によっては賭博や禁制品の取引を仕切ることもある。そうした裏の儲けを資材に代え、各地の隠れ家へ分散して保管しているのだ。有事に備えてな」
「かか。草らしく、ぬしも一端の悪よの」
「綺麗事だけでは、商売は回らぬからな」
「うむ。ここらで言えば、あの峠の茶屋が貯蔵庫かの」
「そうだ。あそこには店番が寝泊まりしているから、誰も起こさず事を運ぶのはなかなか骨が折れたぞ」
そう言って、深く溜め息をつく健速。
「しかし、まあ。急な展開ではあったが、ひとまず無事に済んで何よりだ」
顔を上げた頃には憂いは消え、にかっと快活な笑みを見せた。
ふと、その時。
「──歓談中、失礼する」
ふわりと
土蜘蛛屋敷は彼女の縄張りそのものであり、望む場所へ分身を出現させることが出来た。
「宴の準備が整った。此度は外界に出れぬ我等に、余興を見せて頂けるとのことで、皆楽しみで待ちきれないようだ」
そこで一度言葉を切ると、五馬は艶然と笑みを浮かべる。
「かく言う、妾もな。大いに期待させてもらおう」
「うむ。では健速や。そろそろ準備に入るとするかの」
「了解した。時間も良い頃合いだろう」
白星と健速は立ち上がり、庭の池を目指して移動を開始した。
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