五 繋ぐもの

六十二 認めるもの

 鹿島の代理として着任した浅羽の軍が、熊野の警備を固める最中。

 白星は熊野芦名と申し合わせた上、五馬ら土蜘蛛達の隠れ家へ身を寄せる事とした。


 増援の到着が予想よりも遥かに早かったため、白星の傷は未だ癒えず、熊野の龍穴とも完全に同調が済んでいなかった。

 今の時点で浅羽と事を構えても、ろくな結果になるまい。


 予定通りに例祭が済めば、護衛の任を終えた兵は引き上げるのだ。

 ほんの数日辛抱すればよい。


 今後の話は、その後でもよかろうとの判断からだった。






「待ってたぜ~! 白星の姉御!」


 白星がかつて侵入した洞穴を下って行くと、阿佐の名を持つ少女が仲間と共に待っており、両手をぶんぶんと振り回し、全身で歓迎の意を示している。

 共同戦線を張った事で仲間と認められたのか、以前とはまるで正反対の対応であった。


 着衣も泥まみれだった包帯から、皆真っ新な着物へ変わっており、健速の手配した支援物資が無事に届いた事を示していた。


「うむ。世話になるの」


 言葉を返しつつも、白星の視線は洞穴の周囲をぐるりと撫でてゆく。


「かか。五馬めは、ずいぶんと思い切った改築をしよったの」


 感嘆混じりに笑う白星の目には、在りし日の洞穴の面影欠片もなく。


 空間全体を淡い光が照らし出す中、どこぞの御大尽のような、華やかで幻想的な庭園が広がっていたのだ。


 岩壁の凹凸は漆喰のようなもので真白に塗り込められ、地下である事を忘れさせる見事な出来栄え。


 ぬかるんだ泥土は跡形もなく、色鮮やかな草花が左右に揺れる歩道を形作り。

 溜まっていた汚水は、清らかに透き通った池と置き変わり、朱塗りの欄干が目を惹く橋がかかっている。


 池の畔では大量の蛍が舞い、これらが水面に反射して光源の役割を果たしているらしかった。


「すごいだろ! みんなが住み易いようにって、五馬様はがんばってくれたんだ」

「うむ。大したものよ」


 主の偉業に得意満面な阿佐に手を引かれ、他の土蜘蛛の子らに囲まれながら橋を渡ると、以前五馬と邂逅した闇深い大空洞は、これまた立派な御殿と様変わりを果たしていた。


「おーい! 白星の姉御のご到着だぞ~!」


 阿佐が大声で呼びかけると、閉ざされていた門扉が重い音を立てて開き、見覚えのある異形が二体、並んで入り口を塞いでいた。

 先の鹿島襲撃において大活躍を見せた、打猿と国麿の大蜘蛛兄弟であった。


「おう。こりゃあ確かに白星の姉御だあ。よう来でくれだなあ」

「へへ。土蜘蛛のねぐらに他所から客が来るなんで、聞いだ事もねえぞ」


 八田と同じく、頭の部分だけは人面の名残を残す二人は、ごく普通に喋る事ができた。

 熊野より遥か遠く。東北の地へ長く留まっていたらしく、言葉に独特のなまりが混じっているが、聞き取れない程ではない。


「ぬしらも無事で何よりよ。しかし、先刻より気になっておったが。ぬしらまでわしを自然に姉御と呼びよるか。義理杯を交わした覚えはないがの」


 景色に目を奪われ、流されるままで質問の機を逃していた白星が、ここぞとばかりに問う。


「へへへ! そりゃ、姉御が今回の一番手柄だって、みんなが認めてるからさ」


 兄弟よりも先んじて、阿佐が得意げに返答した。


「あたしは退路の確保のために、戦場全体が見渡せる場所にいたんだ。みんなが逃げ終わるまで残ってたら、姉御が鹿島の中将とおっぱじめたからさ。土産話になると思って、そのままこっそり見てたんだよ。もうすごいのなんのって、あの鬼畜野郎をぎたぎたにぶちのめした一部始終を、みんなに話して聞かせたって訳さ」


 打猿の能面じみた顔が何度も首肯しながら、阿佐の後を継ぐ。


「あいつにゃ、今までだ~れも敵わんで逃げるばっかりでよう。ついには八田の姉御までやられっちまった」

「そんなにっくき鹿島の中将を、たった一人でぶっ倒しちまったんだあ。おらあ感激しだよお。八田の姉御や、みんなの仇を討っでぐれで、本当にありがどなあ」


 後半は涙声の混じる国麿が感謝で締めた。すると周囲の皆が一斉に拍手喝采、諸手上げ、白星を口々に称えた。


「かか。つまりは、ぬしらなりの敬称ということか」

「そうさ。凄い奴には、素直に敬意を払うのが土蜘蛛の流儀なんだ。でも一番偉いのは、一族の母様でもある女王。だからその次に偉いのは、兄貴や姉御って呼ぶんだぜ」


 まだ薄っぺらい胸を精一杯に張って、高説を終える阿佐。


「なるほど、実力主義か。ぬしらの社会は、わかりやすくてよいの」

「だろ!」


 満面の笑みを返す阿佐は再び白星の手を取ると、門の内へと誘った。


 しかし目前は黒光りする巨躯が二体並んだまま、通り抜ける隙間もない。


「こら、門番! いつまで道塞いでんだ。姉御が通れねえだろ!」


 感動に浸っていた二体の大蜘蛛の足をそれぞれがつんと蹴飛ばすと、阿佐は遠慮のない叱責を飛ばした。


「おうおう。こりゃすまねえ。気い利がんで」

「へへ。しっかし阿佐よう。おめえはちっこい癖に度胸あんなあ。おれたちに蹴り入れる奴なんか、久しぶりだぞお」


 戦場では鬼神の如き暴れぶりであったが、身内の前では温厚なのか、阿佐の乱暴な振る舞いも豪放に笑う兄弟。


「ちっこいは余計だ! これから育つんだからな。見てろよ、いつかお前らよりでっかくなってやらあ!」

「がっはっはっは! でっかくなるだけに、大きぐ出だなあ」

「だっはっはっは! 気が強いのはいい事だあ。成長が楽しみだなあ」


 二人はむくれる阿佐の頭を触覚でひと撫ですると、門の奥へと引っ込み道を空けた。


「まったく馬鹿にしやがって! 姉御、あんな奴らは忘れてさっさと五馬様のとこへ行こう!」

「うむ。中もどうなっておるか、楽しみよな」

「見たら腰抜かすかも知れないぜ!」


 想像を膨らませる白星は、阿佐に手を引かれ、多くの異形の子らに囲まれながら土蜘蛛御殿の門を潜っていった。


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