六十三 装うもの
白星は子供らに
屋敷の内部は想像以上に豪華絢爛、かつ広々としており、廊下の左右にいくつもの部屋が
開け放たれた部屋の外側も雨戸が解放されており、見事な枯山水が広がる庭が遠目に臨める。
その内一部の戸口は閉じられていたが、恐らくは負傷者や衰弱した者達を休ませてあるのだろう。
隙間からは、廊下の様子をそっと窺う気配が多数あり、来客への興味を隠し切れずにいた。
やがて廊下の終点にて、一際
「五馬様。白星の姉御を連れて来ました!」
襖の前で阿佐が
「じゃあ、あたしらは他の仕事があるからここまでだ。また後でな!」
そう言い残すと、周囲の子らを連れて、あれよあれよと潮が引くように屋敷の方々へ消えて行った。
ぽつねんと一人取り残された白星は、ひとまず襖の前に立つ。
声をかけたものか迷うところへ、襖が独りでにすすっと開き、中から聞き覚えのある、しかし記憶より瑞々しい声が呼びかけて来た。
「よくぞ参られた、白星殿。遠慮なく中へ入られよ」
そう言われれば是非もない。
「うむ。では邪魔するかの」
白星は一言断り、敷居を跨いだ。
入った先は広々とした茶室となっていた。
天井が高く、一際開放感がある。
ちょっとした宴が開けそうな広さであった。
たっぷりと余白を設けた床の間には、風流を感じさせる水墨画がかかり、その足元を活けた季節の花々が彩を沿え、部屋の主の繊細さを感じさせる。
部屋の庭側に面して囲炉裏があり、艶のある鉄瓶が吊るされてしゅんしゅんと湯気を上げる脇には、畳の上に赤い
「さあ、こちらへ」
声の主は囲炉裏の向かいにいるようで、障子を開け放った庭から差し込む光が逆行となり、全容は陰に包まれていた。
しかし白星が近寄るにつれ、囲炉裏の火に照らされた手元から、膝、腰、胸、と順々に明るみになってゆく。
「到着を待ちわびた。さあ、もそっと近う寄られよ」
「ほう。少し見ぬ間に、屋敷ごと大分様変わりしよったの」
白星が感嘆混じりに呟くのも無理はない。
若々しくなった五馬の声を操る人影は、都の貴人の奥方かと
「なるほどの。糸を人の形に編んだか。この屋敷を形成したものと、同様の手法と見える」
敷かれていた座布団へ座り込みながら、観察していた白星が指摘してみせると、五馬は驚愕の表情を浮かべ、慌てて袖口で隠した。
「やれ、一目でお見通しとは恐れ入る」
五馬は居住まいを正し、白星へ真っ直ぐ視線を向ける。
「白状すれば、我が身の大部分はこの屋敷の土台と成したがため、もはや自由に動くこと叶わぬ。故に、無礼ながらも小回りの利く人形での応対とせざるを得ぬ事を、まずは詫びさせて頂く」
人の姿をした五馬は丁寧に三つ指をつき、
「かか。構わぬ。これだけの大改築よ。ここまでざっと見ただけでも、ぬしの並ならぬ苦心が窺える。まったくもって大した偉業ぞ。子供らも大喜びしておった。なれば、人形越しだろうと責める筋はあるまいて」
柔らかな笑みを浮かべる白星に、五馬も釣られて微笑んでいた。
「そう言ってもらえれば何より。何しろ、多くの同胞を助け出すに至った大恩人を迎えるのだ。体裁だけでも整えねば、一族末代までの恥となろう」
「義理堅いの。わしはわしの目的を果たしたまで。身内を取り戻したは、間違いなくぬしらの功績。礼には及ばぬ」
「謙遜を。貴殿が鹿島の中将を討ってくれねば、捨て鉢になっていた我等は壊滅していたに違いない。それを、これほど軽微な被害で済んだのだ。いくら感謝しても足りはせぬ」
五馬は視線を白星に一心に向け、真摯な言葉を並べる。
「加えて、貴殿の協力者からの援助にも大いに助けられた。救助した者達に、十分な治療と食料を与えられたのは、間違いなく彼等有ってのもの。重ねて感謝させて頂く」
再び頭を下げる五馬に、白星は軽く頷いた。
「そうさな。あやつには無理難題を押し付けた。後で褒めてやらねばの。のう、星子や。多少は叔父を見直したであろ」
白星が胸元から取り出したお守りに問いかけると、しばしの間を置いて星子の御霊が、ばつが悪そうにそろそろと姿を現した。
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