四十二 異なるもの
両開きの大きな扉が開くと、鹿島の兵が数人がかりで鎖を引っ張り、何かを運び出そうするのが見て取れた。
「さて。耳の早い者もいるやも知れぬが、此度はもう一つ朗報を持ってきておる」
貞頼が口上を再開する間にも兵は懸命に動いているが、相当重い物らしく、なかなか姿を現さない。
手こずるところへ、周囲の兵も鎖引きに加わってゆく。
ようやくにしてずるずると引き出されたものを見て、観衆から再び悲鳴や歓声が沸き上がった。
見慣れぬものに、白星も思わず食い入るように視線を向ける。
まだ一部しか覗いていないが、それは明らかに人の肉体には見えなかったのだ。
例えるならば甲殻類に似た、黒光りする硬質な脚のようなものに、無数の鋭利な棘が生えている。
頑丈そうな鎖でがんじがらめにされてはいるが、少しでもこすれればねじ切れてしまいそうな刺々しさである。
他の虜囚同様、気力が尽きているのか、はたまた死んでいるのか、ぴくりともしない。
兵に引きずられるまま、異形の姿が徐々に露わとなってゆく。
「見よ! こやつこそが、近年勢いを増し、国を散々荒らし回った大妖の成れの果て! とうとう我らが打倒してくれたわ!」
貞頼の声をかき消さんばかりに、観衆のどよめきが広がった。
ついに全身現したものは、巨大な蜘蛛に酷似していた。
それでいて、頭にあたる部位には真白い人の顔面が、まるで能の面を張り付けたように存在している。
しわくちゃな人面以外は、全身が艶やかな黒で統一され、荷台を伝ってこぼれ落ちる体液すらもどす黒い。
楕円形の丸みを帯びた腹の脇から伸びる脚の数は、左右対に合わせて八本。
それぞれをねじくれた木の枝のようにあべこべな方向へ向け、鋭い爪を天へ突き上げている。
高さにして、大柄な鹿島の兵のさらに倍はある。
引っくり返った姿勢でそうなのだ。尋常に立ち上がれば、今引きずり出された兵舎の屋根と並ぶのではあるまいか。
車輪の付いた台車に乗せられていてさえ、鹿島の兵が束になってようやく引けるところを見るに、それ相応の重量なのだろう。
頑丈そうに見えた鎖も、その巨体と比較すれば、心許ない細い縄のように思えた。
観衆の中に正体を知る者が混じっているようで、口々に罵声を浴びせかけている。
「これなるは東の土蜘蛛が一角。不遜にも
貞頼は自分の言葉に酔うように笑みを広げ、金色の鞘から剣を抜き放った。
その刀身は一目で業物と知れる輝きに溢れ、金色の鞘が伊達や酔狂だけのものではないと示していた。
「不本意にも、未だ世に、天津が威光に屈さぬ者どもは数あれど。熊野の民よ、案ずるな。これは手始めに過ぎぬ。これより我が精兵が、ことごとくを討ち取るであろう。此度の処刑はそれに向けた
兵らは土蜘蛛と呼ばれた異形を広い演習場の真ん中に引き据えると、身を縛る鎖を地面に杭で打ち付けてゆく。
それが済むと、別の兵らが抱えてきた壺を、次々と異形に向けて投げ付け始めた。
巨体に壺が当たって砕ける度に、薄茶色の中身が飛び散り、あっという間に全身てらてらと陽光を弾くほどに
「ふむ。油か」
「恐らくは」
白星が見当を付けて呟くと、千歳が小さく頷いた。
確かに、あれほど頑強そうな外皮では、槍で突くのも難儀であろう。
「千歳や。土蜘蛛とはなんぞ」
「かつて天津神の支配を受け入れず、逆らい続けた事で呪いを受けた、まつろわぬ民の末裔、と伝わっております。真偽はともかく、帝に対して永く堅固な反抗を続ける強力な妖怪達の総称で、一つの種を差すものではありません」
「ふむ。まつろわぬ民、か」
「狂暴にして排他的な種が多く、僻地を流転しているため実態が掴めず、我等も多くは知り得ません」
白星がその存在を記憶に刻み付けている間にも、処刑の準備は進んでゆく。
やがて弓矢を携えた兵がそれぞれの配置へ着き、準備完了の合図を送った。
それを受けた貞頼は、剣を高く掲げる。
「天津に従わぬは人に非ず。帝に盾突いた罪、とくとその醜い身で味わうがよい」
そして、処断の号令と共に剣が振り下ろされると、兵が次々と着火し、火矢を土蜘蛛へ向け発射した。
次の瞬間、どおん、と大きな炸裂音が轟き、土蜘蛛の身の各所が派手に弾け飛んだ。
その内の一つ、千切れた足の一本がこちらまで達し、がしゃんと柵を揺らしては観衆を驚かせた。
「ふはははは! せめて散り際だけでも雅であれ! 我が慈悲を存分に受け取れい!」
未だ細かな爆発を繰り返す土蜘蛛を見下し、哄笑を上げる貞頼。
もはやその有様こそが狂気じみているように白星には思えた。
「う……っく……」
胸元では、恐怖に必死で耐える星子の呻きが聞こえる。
ここまでか。
そう白星が
土蜘蛛の身がひときわ大きな轟音を立てて爆ぜた。
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