四十一 処するもの

 地面に打ち込まれた柱に、猿轡さるぐつわを噛まされた罪人達が、次々と十字の磔台はりつけだいに固定されてゆく。


 それらの状態を見るに、頬はこけ、痩せ細り、ぼろをまとった身体に走るいくつもの傷から、その扱いは相当酷いものだったろうと容易に想像がつく。


 どうせ処刑するのだからと、ろくな食料を与えず、ほんの手当さえもされていないのだろう。


 そのせいか罪人達は抵抗する気力もなく、さほどの時間もかからずに、二十本ほどの人柱が整然と列を成した。


 すると見計らったように、一際立派な体躯をした兵が民衆に向け、鋭く一声を放った。


「皆の者、静まれ! 耳があり、理性ある者ならば、今すぐに口を閉じよ!」


 豪風のような一喝が、口々に騒いでいた観衆の合間を駆け抜ける。


 身体の芯まで響き渡るような、もはや恫喝とも言えるほどの迫力ある声を受け、観衆の雀の群れが如き喧噪はぴたりと収まった。


 叫んだ兵は満足気に一つ頷くと、今度は声量をやや抑えて厳粛に口上を述べる。


「これより処刑を前に、鹿島が中将殿がお言葉を下賜かしされる。その金言を一言一句逃さぬよう、静粛に拝聴するがよい」


 随分と横柄な物言いではあるが、不思議と不快感を与えぬ品格を備えた声だった。

 堂々とした態度といい、将校の地位にあるかと思わせる者である。


 言い終えるのを待ちかねたように、柵の近くに建てられていた舞台に、一人の男が悠然と登場した。


「あれが鹿島が中将とな。千歳、相違ないか」

「ええ。間違いありませぬ。毎年見ております故」


 白星が疑問に思うのも当然。

 貞頼は鹿島が直系であると公言しているにも関わらず、周囲の兵より明らかに背が低く、さも軟弱に見えたのだ。


 高い黒烏帽子をかぶり、金銀を散らす大胆な配色の狩衣を揺らし、腰には金色の鞘を差した派手な身なり。

 およそ武芸に通じているとは思えぬ、緩慢な足運び。


 どれを取っても、ただの見栄っ張りな中年男にしか見えぬ。


 貞頼はそのもったいぶるような、ゆっくりとした歩みで舞台の中央まで進み出ると、芝居がかった仕種で観衆を見下ろした。


「久しいな、親愛なる熊野が民よ。今年も帝の勅を受け、我等鹿島が軍は街道の露払いを済ませた。帝のご配慮に感謝するのだな」


 いざ話し出せば、成程確かに、将らしい朗々たる響き持つ弁舌である。


「今後も帝、ひいては天津への忠心ある限り、この地の安全は我等鹿島が請け負おうぞ。それが証拠に、ここにおるのは、昨今ここらを荒らしておった賊の頭どもよ。残党はすでに掃討し、残るはこやつらのみ。今よりこやつらへ誅を下さば、晴れて後顧の憂いは断たれ、来たる神事に心血注げよう」


 そこまで言うと言葉を切り、貞頼の右手が高く掲げられた。


 すると、舞台に注目している間に配置が済んだのか、人柱の回りを兵らが取り囲んでいた。


 その手には長槍が握られ、構えた鋭い穂先が、陽光を眩しく照り返す。


「星子や。無理して見ずともよいぞ」

「……ううん。ちゃんと見る。慣れておかなきゃ」


 白星の最後の忠告を、星子は覚悟を決めた様子で拒否した。


「さよか」


 そのきっぱりとした返事に、恐怖を抑え込む気概を感じ取り、白星はわずかに微笑んだ。


「なれば、いざ。国を乱す反逆者どもに、天津が正義の鉄槌を下さん!」


 貞頼の号令と共に振り下ろされた手に合わせ、構えられた長槍が突き出される。


 途端に上がる、断末魔。

 悲鳴、絶叫、苦悶、罵声、歓声、嬌声。


 噴き出す鮮血同様に、観衆の口々からとりどりの言葉が溢れ出した。


 兵による責めは続いている。

 地面は全て朱に染まり、一面が池と化す程に。


 わざと急所を外し、少しでも長く苦しむよう、場所を変え角度を変え、何度も何度も突き刺しているのだ。


 その度に虜囚がうめき、もがく様に、貞頼が面にしかと喜悦の色を浮かべるのを、じっと観察していた白星は見逃さなかった。


「演説こそ高尚であったが。やはり外道の類か」

「ひどい……あんなのひどいよ……」


 覚悟をしていたつもりでも、やはり辛いのだろう。星子は涙声で呟いた。


「星子よ。あれなる虜囚の中に、女子供を見たか」

「……そう言えば、いない……」

「自害をしておればまだ良いが。囚われたならば、最悪の目に遭うておろうな」

「え……?」

「白星様、さすがにそこまで仰るのは……」


 星子を労わり千歳が遮るが、白星は譲らなかった。


「わしらとて、明日は我が身ぞ。残党を殲滅したとは、恐らく方便であろう。女子供は戦利品として囚えるが常。つまりは、戦とはこういうものよ。敗者に情けはない。しくじればこうなると、覚悟しておかねばならぬ」


 いつになく真剣に語る白星に呑まれ、星子と千歳は返事をすることもできず。


「しかしこれなる趣向は、あれなる中将の趣味半分であろうな。お陰で天津への嫌悪がより高まったわ。いや、思い出しつつある、と言うべきかの。奴らとはやはり相容れぬ。何がしかの因縁を感じるわ」


 星子の宿るお守りを軽く握り締め、白星は処刑場の惨劇を目に焼き付ける。

 

 天津憎しの感情が、否が応でも高まりゆく中、やがて虜囚の声が途絶えた頃。


「うむ、前座はこの辺りでよいか。皆の衆も、あれを目当てに来ておろうしな」


 貞頼は小さく呟いたが、白星はその唇を完全に読み取っていた。


「これで前座とな」


 白星が眉根を寄せると同時、貞頼が高らかに叫ぶ。


「いざ、次の罪人を引き立てよ!」


 指令を受けて、兵舎の大きな扉が音を立てて開き始めた。

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