四十 目にするもの

 鹿島貞頼が熊野入りを果たしてからしばらく。


 遅れてやってきた配下の一軍が、大勢の捕虜と共に、熊野の北に位置する駐屯所へ合流したとの報が町を騒がせ始めた。


 そしてその数日後、健速と白星の読み通り、神事の前のみそぎと称し、国にまつろわぬ民、国賊朝敵の公開処刑を行うと、町へ大体的に触れが出された。


 熊野大社へ参拝するにあたり、一般人が入山を許されるのは、麓近くの一宮いちのみやと、その奥へ続く、傾斜のきつい階段を登った先の二宮にのみやまでとなっている。


 いずれも御山の南西を占める地であり、山頂には本宮、東に熊野氏の私有地。

 そして北側に警備の兵が詰める駐屯所が山肌を埋めていた。


 公開処刑は駐屯所の一部を開放して行われるもので、普段は入れぬ場所という事もあり、当日の会場は怖いもの見たさや刺激を求める民衆でごった返していた。


 白星達も朝早くに出かけ、刑場がより良く見える位置を確保し、人波に揉まれつつ待機しているところであった。


「……罪人だからって、人が殺されるところをわざわざ見に来る人が、こんなにいるなんて……」


 騒然とする人込みを見やり、白星の胸元にぶら下がったお守りから、星子の愕然とした声が漏れる。


「賊に直接恨み持つ者。正義感から、国に仇為す者に罰が下る場面を見たい者。単に殺生を見物したい者。見る理由は様々ですが、こうした催しが、ある種の娯楽として供される事は、人の世では往々にしてあるのですよ」


 これを通じ、同じ目に遭いたくなくば、お上に歯向かうことなかれ、と誇示しているのだと。

 そう説明してみせる千歳も、長年身分を偽り、今や国家へ牙を剥かんとしている点で、まつろわぬ民に属している。

 処刑される者達へ、同情の念を禁じ得ない様子で瞑目し、両手を合わせていた。


 それとは対照的に、白星は周囲の喧噪に興味を向けた。


「人とは、単純に善人と悪人とに分けられるものにあらず、か。普段温厚な者が、こうした宴に酔いしれる事もあろうとはの」

「人が死ぬところなんて、怖いことでしかないのに……」


 里での記憶が過ぎり、声が強張る星子を白星は笑う。


「かか。ぬしとて例外ではない。仇を前にすれば、討ちたくて仕方なかろ」

「それは……うん」


 事実、以前悪夢に囚われていた星子の頭の中は、尽きぬ殺意で満たされていた。

 それを思うと、星子は返す言葉がない。


現世うつしよはまさに複雑怪奇。綺麗ごとばかりでは回らぬというものよ」


 だからこそ飽きぬ、と白星は心中付け加えた。


 人の心は日々刻々と移ろうもの。

 善も悪も、その時々の立ち位置によって定まる。


 里を滅ぼした国に抗い、立ち向かおうとする自分達は、正義か悪か。

 それもまた、見る者次第であろう。


 永らく眠りに落ち、思考すら止まっていた白星にしてみれば、このような答えなき禅問答ですらも娯楽の一つとなっていた。



 その後は他愛ない話に花を咲かせつつ、処刑の時刻まで待つ事しばし。



 日が中天に昇り、その時は来た。


 普段演習場としている場所に、ご丁寧に観客席などはなく、高く立てられた格子状の柵の隙間より内を覗き見るしかない。


 観衆はどやどやと場所取りに躍起になり、中には人を踏み台にし、柵をよじ登る者まで現れる始末。そうしたお調子者は、大抵が衛兵によって叩き落されるのだが。


 そんな混乱の中で、皆が内部を注視した。


 柵より先はなだらかな坂となり、一段低い場所に演習場が広がっている。


 その側に建てられた大きな兵舎より、厳めしい兵達がぞろぞろと出て来るのが見えた。


 鹿島の誇る精兵達の勇姿を目にし、群衆から大きな歓声が沸き起こる。


 鹿島の兵は浅羽とは違い、翼持つような異形の者は少ない。

 代わりに体格に恵まれ、皆常人の頭一つ二つは優に超える巨体を有する。


 当然見た目通りの怪力を誇り、一人で一般兵の十人分に相当すると、もっぱらの評判であった。


 即ち此度の征伐、五百の兵にして、五千人分の戦力を動かしたという事となる。


 果たして兵舎から続々と出て来る者達も、噂に違わぬ偉丈夫揃い。

 その巨漢達が揃いの朱塗りの鎧に身を包み、重い足音を響かせて行進するだけでも、なかなかの見応えである。


 顔付きも精悍にして、いかにも修羅場を潜って来た強者どもといった趣は、白星すら軽い感嘆を覚えた。


 やがてそれら歴戦の強兵に抱きかかえられるようにして、罪人と見える者達が次々と引き立てられてきた。


 並んでみると、さらに身の丈の差が歴然。大人と子供程もあろうかと思える。


「かか。あれなるつわものどもに追い立てられては、並の賊では太刀打ちできなかろうな」


 目下の敵ではあるが、認めるべきは差別せぬ主義の白星は、愉快そうに呟いた。


「ええ、まさに。此度の出征にて、北の街道沿いに巣食う盗賊、野伏の集団五十あまり一掃し、三百ほどの捕虜を取ったそうです。それも、鹿島側には一人の被害もなく。さすがの手際と言えましょう」


 健速の元に、各地に散っている同胞からの情報が届いているのだろう。

 千歳はすらすらと鹿島の戦果について語ってみせた。


「武力については折り紙付きか。なれば、性根についてはどうであろうな」


 白星が興味深く見据える先では、鹿島が兵による処刑の準備が着々と進められていた。

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