十九 今を生きるもの
白き少女は、白銀の群れを前に、己が軌跡をつらつらと詠んでゆく。
本来白鞘が器であり、かすかな戦の知識のみがこびりついていた事。
この地より程近い隠れ里にて、永く縛られていた事。
囚われの自身を狙い、里が襲撃受けた事。
その里が滅んだ故に、肉の器を得し事。
今は宿主の仇討ちを代行せんために旅をしている事、等々。
聞き上手な狼達に囲まれ、すっかり身の上を打ち明けた頃には、とっくりと夜は更け、欠けた月が朽ちた森を遠慮がちに照らし出していた。
「なるほど。只人にあるまじき気をまとっておられると思えば、まことの
「かか。未だ、魔にあらず、とは言い切れぬがの」
興奮を押し隠せない古狼の嘆息に、自嘲の笑みが浮かぶ白星。
だが、はや打ち解けた周囲の狼達は口々に否定してみせた。
「そんな事はありません。我等を救いし白星様は、きっと善き神霊ですとも」
「仰せの通り、我等が先祖との縁が引き合わせてくれたのでしょう」
「違いない。おれもその説を支持する」
「おれ、にんげん、よくしらない。こわい。でも、しらぼしさま、きれい。やさしい、いいにおい」
見分けは付かぬが、話してみればそれぞれに個性あり、白星の耳を楽しませた。
「かか。ほめ殺しとは、こそばいの」
柄にもなく照れた様子で、抱えた白鞘を弄んでみせた。
人も、年経た獣も、根の部分はそう変わらぬのだと、感慨さえ浮かぶ。
だからこそ、だろうか。
「されど。そも、わしが呼んだ邪気がため、この地が乱れたものとも言えよう。そこをぬしらはどう見る」
我ながら、意地の悪いと思える言葉が口をついたのは。
寸時、どよりとした空気が、群れの言葉を押し止めた。
無論、白星が意図した事でないとは、理屈でわかる。
しかし間接的とは言え、その存在あっての災禍が起きた点は、曲げようのなき事実であった。
どのような声をかけたものかわからず、狼達はただ黙したまま。
「のう。疫病神の類でない、と断言できぬであろ」
白星はふっと、儚げな微笑のままに天を仰ぎ見た。
今宵の月は真円にわずかに届かず、半ばを
その月の有り様のように、自身があまりにあやふやな存在である事を、己が最も理解していた。
独りで行動している際には気にもしなかった本音が、話し相手を得た事でぽろりとこぼれ落ちたのだった。
これが人の言う感傷というものであろうか。
そんな事を白星が思い浮かべたのも、ほんの束の間。
しばしの静寂を経て、一頭の若い雄と見える者が、思い切ったように前へ躍り出た。
「……お、おれ! むずかしいことはよくわからない、けど。しらぼしさまはこうして、みんなをたすけてくれた! だから、それだけでいいんじゃないか……って、おもう」
切り出してから、皆の注目を集めた事を認識し、途端に縮こまる。
「ほう。続けい」
しかし、白星が穏やかな眼差しをもって促すと、振るい立つようにして先を続けた。
「は、はい。おれはまだみじゅくだから、むかしのこととかさっぱりです。だからというか、いまがよければいいやって、おもうことがあるんです。そりゃ、くろくなったときはくるしかったけど。しらぼしさまはたすけてくれたから、うれしかったし、それでいいやって……おもうんです。なんか、うまくいえないですけど……」
言った端から、恥じるように俯いてしまう若い雄へ、白星は噴き出した。
「かか。いや、よい。よきことぞ。理に、自然に適っておる。生あるものは、今が全てよな」
下げてしまった頭をくしゃりと撫でて、白星はくつくつと笑ってみせた。
「うむ。今のわしは自由の身。災い招こうが、己で祓えばよきこと。つまらぬ戯言であった。忘れよ」
そうして花咲く笑みが戻り、古狼達から賛同と安堵の混じるため息が漏れた時。
「あ! も、もうひとつ! しらぼしさまのせいじゃないってりゆうがあった!」
撫でられていた頭が、再び跳ね上がって口を開いた。
「いま、くろくなったときのことをはなして、おもいだしたんです。くろいうずに、のまれるまえのこと。このもりがへんになってすぐ。しらないにんげんがきたのを、たしかにみた! おれたちがおかしくなったのは、あいつのせいじゃないのかな」
その言を皮切りに、群れへ騒然とざわめきが広がっていった。
「ああ、なんという事でしょう。邪気に呑まれて混濁した記憶。今となって、ようやく整理がなりました」
古狼も頭を軽く振り、忌々しげに牙を剥く。
「詳しゅう聞かせよ」
一度群れを落ち着かせてから、白星は古狼へ聞き直した。
「はい。昔日、この地に龍穴が湧いた折。戸惑う我等の元に、黒き衣まとう人の子が訪れたのです。我等の警告も無視し、ずかずかと侵入しては、なにやら脈をいじったようでして。以降、邪気が続々と集うようになりました」
「黒き衣とな」
白星の耳は、聞き捨てならぬ単語を拾い上げた。
「その者、白き貌の女であったか」
意図せず白星は、古狼へ勢い込んで尋ねていた。
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