二 流るるもの

十三 復するもの

 白星と星子が眠りに就いてより、季節が巡る事、はや幾度目か。


 止まぬ豪風氷雪に守られた寝床にて、白星は孤軍奮闘を続けていた。



 憑依した時点で瀕死であった星子の身は、極寒の冷気をまとって仮死状態とする事で、無理矢理長らえたに過ぎなかったためだ。


 それ程の傷を癒し、息をも吹き返すとなれば、相応の期間と、莫大な気を要する事は想像にかたくない。


 幸いにも、この地には己と同調した気脈が通い、邪気をもたらふく喰らったばかり。


 後はそれらを、如何に効率よく身に馴染ませるかが課題であった。


 白星は取り込んだ土地の記憶にそのすべを求め、須佐の系譜を紐解く中で、ついに泰山府君祭たいざんふくんさいなる生命の理を曲げる秘儀へと辿り着く。


 それを元に幾度も試行を重ね、つぎはぎながらも独自の術式を編み出した。


 蓄えた潤沢な気と、未だ健在なる五芒の陣を存分に駆使してようやく成り立った式は、死の淵にあった身を生の円環へ戻す事に無事成功を果たす。



 復活までに費やした年月は、人の世にすれば実に七年。

 星子にとっては、ちょうど倍の歳を重ねた事になる。



 この数字は決して偶然などではない。


 生死を象徴する北斗の連星や、子の祝い年、巫女の選定のよわいに見られるように、古来より七という数字は生命の節目に関わる重要なものと見なされてきた。

 延命術の精度を上げるためには、必然と組み込まねばならない要素である。


 そして肉体の成長と言う意味でも、白星には利の多いものであった。


 幼子の姿のままでは、仇討という道行きにはいかにも具合が悪い。


 悠久を過ごして来た者にすれば、万全を期すためにたかが七年待つ程度、まばたきも同然の刹那。


 加えて長き安息は、砕け散った星子の精神をかき集め、安定させる事へも貢献した。


 今では夢中の逢瀬に応じるなど、徐々に復調の兆しを見せるに至っている。




 機は熟したり。




 白星は決断を下し、外界へ出るべく行動を開始した。






 ─────





 須佐の地表はかつての面影一つなく。


 来る日も来る日も雲晴れず、生あるものを拒もうと、猛風烈氷が一面舞い狂う。



 しかしその日。

 変化は唐突に訪れた。



 今やそびえ立つ大氷山と化した要石。

 その麓の一角が凪いだかと思えば、一筋晴れ間が天を割る。


 一点にさんさんと日差しを受けた氷雪は、見る見る内に溶けてゆき、要石の膝元を晒しあげた。


 そこにはかつて巫女が暮らした小屋が、そのままのおもむきで佇んでいた。


 玄関を塞ぐ雪が溶け去ると、間を置かずにがらりと戸が開け放たれ、人影一つが躍り出る。



 例えるならば。

 陽光をあまねく照り返す、純白を具現化したような。



 名を白星と改めた少女が、堂々たる威勢をもって、白鞘を担ぎ地に立った。


 肩を抉った死に至る傷は、すっかり跡形もなく。


 肌は生気を得て瑞々しく、一点のくすみなし。


 膨大な気を隅々に巡らせた事で、その身は歳相応、健やかまっとうに育ち、女らしい丸みを帯びた大人の体へと近付いていた。


「かか。日の下へ出るは、かように爽快か」


 昔日は陽を拝む事なく再度の眠りへ沈んだ白星にとって、これぞ真の夜明けと呼べる瞬間であった。


 自然、頬も緩むというもの。


 想い焦がれた日光を一身に受け。


 膝丈となり艶を増した白髪はくはつさらりと揺らし。


 最早丈の合わぬ水干より、すらりとした手足を窮屈そうに伸ばして、白星は大きく身を反らした。


 裂けて血に塗れた着物は小屋にあった予備のものへと着替えたが、この分ではいつはち切れるか知れぬ。

 いずれは新調せねばなるまい。


 そんな他愛ない事を思い浮かべる程度には、人の感性に馴染んできたものか。


 急な雪解けを抱えて溺れる泉へ己が姿を捉え、白星は満足そうに微笑んだ。


「うむ。うつくしく育ったものよ。ぬしもそう思わぬか。星子よ」


 名を呼ばわると、白星の影よりじわりと墨色の霧がにじみ出し、形を取ろうと蠢いた。


 しかし星子は未だ、自己の統一完全ならず。


 かろうじて胸元より上のみが、薄く透けた像を結び始めた。


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