24-7 夕焼けの公園
夕空を、鮮やかな桃色に縁取られた雲が流れて、眩しい夕陽が覗いた。
「――本当の本当に、この事件は終わったのか?」
カズマが半信半疑で呟いた。
ぽんとその肩に手を置く。
「ドッペルゲンガー製造計画は夢のまた夢で、テレパシーなんて世界中の人が欲しいだろうけどいまだにないから携帯電話とかが普及してるわけでしょ?
そーゆーことにしとこうよ!
もしかしたら数年後に実現するのかもしれない。
でも、その時は人を救うための技術として活用されて欲しい。
それまではさ、まあ、あれだよ。世の中には知らなくていいこともあるってやつ」
「……上手くまとめりゃいいって話かよ! ああ、もう……」
頭を抱えてがっくりしているカズマ。
複雑な気持ちに翻弄されているところに、ドッペルの他人任せの言葉を聞いて更にぐちゃぐちゃになってしまったのだろう。
ドッペルは、そんな気負うなよ、と笑った。
そして、ずっと言おう言おうと思いながら、言い出せなかったことをこの場で言うことに決めた。
「偽りの記憶形成実験って分かる?」
カズマの顔に新たな疑問符が浮かんだ。
「例えば、迷子になったことがない人に『あなたのご両親からデパートで迷子になったことがあると聞きました。その時の話をして下さい』って言ったら、その人は偽りの体験談を無意識に作っちゃう、みたいなことなんだ。
これは、ありがちなシチュエーションを、人の体験談として聞いたりメディアで見たりするうちに、自分の事のように置き換えてしまうっていう思い込みなんだけど……」
ドッペルは緑のメタル・クマを取り出して、手のひらで包んだ。
「俺もそうだった。
このキーホルダー、教授から貰ったことあるって話したけど、それ全部勘違いだった。
本当は教授のとこにいて温かい記憶なんてなかったんだ。
でも、企業に引き取られてから山ほど本とか漫画に触れた。
その中によくありがちな――例えば、父親からキーホルダー買ってもらったみたいなエピソードがあったんだろうね。
で、カズマの持ってるキーホルダー見た時に、あ、これ見覚えある! って実感しっちゃったんだと思う。
見事、偽りの記憶を作っちゃったわけだ」
「そうか……」
とカズマは声を沈ませたが、ドッペルはすかさず、
「けど、俺は逆に吹っ切れたな。
過去に何もないって、今は思っていたいから。
これは、カズマが俺のために諦めないでいてくれたことの証明で、その意味しかない。それで充分」
「お前が納得してんなら俺も良かった」
そして、カズマは何かに思い至って目を見開いた。
「偽りの記憶って装置とか使わなくても起こることだよな?」
「うん、ごく一般のカウンセリングでも起こるよー」
「……スミレがさ、正確な記憶を思い出すことは難しいけど、捏造することはできるって言ってたんだ。
何でかなって思ったけど、装置使わなくても起こる現象だったんだな」
ドッペルは首肯した。
西日が頬に照りつけた。
同じ人間が並んでベンチに座っているのを誰かに見られれば不気味がられるだろうか。
ドッペルはいつも鏡に映る自分の顔と、全く同じカズマの横顔を見つめた。
視線に気付きカズマが顔を上げる。
「カズマ、最後もう一つ。これからのこと、俺色々考えたんだけど……」
話そうと決めた時はもっと緊張するかと思っていたが、自分の声は穏やかだった。
話し終えるとカズマは険しい顔をした。
しばらく眼鏡に手を当てて考えてから、顔を上げた。
その時にはもう、いつものように苦笑してくれた。
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