24-6 夕焼けの公園

 ドッペルはカズマの邪魔をしないよう無人の公園を見詰め、思考した。


 ――ドッペルはソラのことを考えた。


 実験を終わらせようとしてスミレとは反対に、ソラは自身の構想した洗脳実験を押し通そうとした。


 ドッペルはそのことに違和感を覚えていた。


 ドッペルは、カズマに明確な地雷があることを知り得ている。


 モモウラ教授の実験計画書に記載されていたカズマの家庭環境。

 カズマ自身はごく平凡だと認識しているようだが、資料から窺い知れるだけでも、まあ悲惨だ。


 きっとこれまでカズマは、中学時代の自身の家庭環境を頑なに意識の外に追いやってきた。


 これを臨床心理的に、抑圧と呼ぶ。

 彼は、自身の家庭環境のすさみようを今なお自覚できない。


 歪んだ家庭で、抑圧によって、あるいはスミレの存在によって、カズマは常識的な善良さを育んできた。


 ソラは回りくどく「神経衰弱」のための語りなど課さずとも、このトラウマを指摘し記憶として掘り出せば良かった。

 その方が手間が掛からない。


 なぜそうしなかったのか。


 ドッペルが思うに、ソラは本心では、悲惨な記憶を増幅させるのではなく、幸福な記憶を伝達する方法を探していたのではないだろうか。


 心の底では、カズマの精神が壊れていく様を見たくはなかったのではないか。


 カズマの姿に、もしかしたらドッペルの姿にも、何か希望を見出そうとしたのではないか。


 カズマの、正義感にどこまでも近い善良さに、一種の憧れを抱いたのではないか。


 ――今となっては、彼がドッペルたちに告げた目的がどれほど本心だったか知る術はない。


 実験に失敗したソラは、人知れず不幸な人生を送るのだろう。


 それはもう、これ以上実験に関わらないと誓ったドッペルには助けられないし、彼もおそらくは助けられることを望まない。


 俺は、そう。きっと、悔しいんだ――。


 ドッペルがそう思うことが筋違いでも、ソラのことも助けられたら、と考えずにはいられない。


 でも自分は、カズマとの日常を選ぶことを決断した。


 ドッペルゲンガー製造計画は既にドッペルにとっての過去へ押しやられた。


 だからソラの顛末てんまつについての想像は墓場まで持っていくつもりだ。




 そして、カズマの過去についても、それはカズマのものだからカズマが望まない限り、自分は口を出さないつもりだ。


 ――例え、先のテレパシー実験によって、カズマの過去の断片をドッペル自身の記憶のように体験しているとしても、だ――。





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