24-5 夕焼けの公園
カズマは、切り出した。
「あと、ちょっと疑問なんだが、初旅行の日スミレが俺の記憶を消した時に、『幸せになって下さい』って言ったんだ。
それってどういう意味だったんだ?」
カズマが『廃棄処分』をして取り戻した記憶の中には、スミレとの初旅行の思い出もあった。
その夜、洗面所に立ったスミレがこう呟いたのを、カズマは聞いたらしい。
――ごめんね、カズマ君。私のことを忘れて幸せになって下さい……――。
記憶を取り戻した直後で思い違いをしたか、あの晩は心霊特集の番組を観ていたからそれと混ざってしまったのかもしれない、ともカズマは言った。
しかし、それでも違和感が拭えないのだという。
――もしカズマの記憶が正しいとなれば、なぜスミレはそう言ったのか。
だって、オリジナルとドッペルゲンガーはどちらかしか幸せになれないか、どちらも不幸になるか、だったのだ。
ドッペルは眼鏡の弦の付け根を摘まんだ。
「スミレさんは十中八九、企業のバックにもっと大きい組織がいるって気付いてたと思うよ。
モモウラ教授の計画書見て分かる通り、カズマは最後、殺されてたかもしんない。
でも彼女はそうならないって確信してた」
ドッペルは一度口を噤んだ。
「不快の情動からくる有害なストレスが、大脳辺縁系を通して視床下部を刺激し、自律神経系と内分泌系を刺激し――やがてストレス反応を生じさせる。
ストレスフルな状態が続けば、当然、精神的には不安定になっていく」
「つまり……?」
「初旅行の日、スミレさんは記憶操作用の小型装置を持っていた。
それは脳内チップに信号を送れるわけで、もしかしたら、記憶削除ついでに情動を操作してカズマの精神状態を不安定にさせなきゃいけなかったのかも。
けど恐らく彼女はそうしなかった。
研究所に捕まってた間、
教授はスミレさんに全部任せてたから、カズマが不安定になっているはずだと思い込んだ。
……スミレさんは最初から一人でもこの計画を阻止する気でいたんだ。
彼女は迷いながらも信じてた。
カズマなら無理矢理精神状態を不安定にさせない限り、チップ無効化に成功するはずだって。
カズマは例えスミレさんとの出会いがなくても、テレパシーで俺のしんどかった記憶を交信すれば、多分胸を痛める。
きっと突然降ってきた記憶に混乱したり苛立ったりするより先に、その記憶の中身――情動を理解し想像するだろう、当時俺に起きていた情動をほぼ正確に再現できるだろうって。
そうなればチップへの負荷が最大値になって、チップが無効化される……。
彼女は自分の家族だけじゃない、カズマのことも守って、俺のことも計画から離脱させようとしてくれてたんだ……」
カズマは目を固く閉じ、ふう……、と深く溜息を吐いた。
――――――――――――――――――
※以下は、ストレス反応に関して引用させていただきました文献です。
正直に申します引用です(物語として事柄を扱うには言い換えが上手く出来れば良かったのですが、文系の作者の頭では限界がありました……)。
・九州栄養福祉大学・東筑紫短期大学 キャリア教育推進支援センター長・講師 中村 吉男 著,「ストレス反応における 病理学・解剖生理学的考察を中心に ―キャリア教育におけるストレスコントロールのための考察―」,学校法人 東筑紫学園 キャリア教育推進支援センター,平成28年12月
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます