24-4 夕焼けの公園

 ドッペルは頷いた。


 ここまではカズマになら話して良いことになっている。


「その組織には、俺を含め実験体にされてた子供の人権と生活の保障を求めた。

 代わりに全員が守秘義務を負うことになったけど全然マシ。


 あともう一つ俺から、二度とドッペルゲンガー製造計画を繰り返さないよう要求した。

 組織としてもこれ以上続けてもリスクに見合わないって分かってるから手を引いたよ」


「そっか……」


 それでもまだ、カズマは心配そうだ。


 ドッペルは付け加えた。


転機てんきはね、数年前の、レンゲさんへのチップ内蔵手術」


 カズマはふと思い出したような顔つきになる。


「……そういえば、レンゲさんは生まれついての学習障害があるよな。

 計画には『脳機能障害を持つ者は効果が上がりにくいから除外する』とか何とかあったけど。どういうことなんだ?」


「うん。レンゲさんは元々は書字障害。

 これまで学習障害に対しては生活環境を整えるだとか薬物療法があるだけで、脳手術で改善したみたいな事例はなかった。


 けどレンゲさんの場合、脳のネットワークの問題でたまたま書くことが難しかっただけで他の脳部位は問題なかったんだろうね。


 情動操作用チップは脳全体に作用する。

 それが本当に偶然、書字に関する神経回路を上手くつなぎ合わせた」


「偶然か……」


「残念ながら、再現性に欠けてたんだ。でも、」


 ドッペルは明るく笑い掛けた。


「その実験は組織が引き継ぐだろうね。

 勿論、今度はちゃんと学会に発表できるような倫理規定をきっちり守った形で。


 だって大発見だもん、生まれつきの脳機能障害に対して、それぞれの障害や個人に合わせた脳内ネットワークを構築する技術なんて。

 安全性が確認されるまで何十年とかかるかもだけど、確実に生活しやすくなる人が大勢出てくるよ」


 カズマは浮かない顔で「いいのかそれで」と呟いた。


「こんだけ沢山の人の人生滅茶苦茶にしておきながら、首謀者は素知らぬ顔で、自分たちだけ称賛を浴びるんだな……」


「それについては、とっくにその流れに組み込まれてる俺らは善いも悪いも判断できないよなあ。


 世の中の色んな技術は、功罪の両面を飲み込んで発展していく。


 ドッペルゲンガー製造計画は倫理観ガン無視アウトなもんだったけど、これが無ければ知能の解明はあと数年遅れてたんじゃないかな」


 純真な知的好奇心から創られたものが悪用されたり、邪悪な意図の産物が思わぬ場で命を救ったり。


 それを繰り返してきた歴史の一端に、自分たちはたまたま居合わせた。


 カズマはやっと少し複雑そうに笑った。


「……生活を豊かにするための技術、……ほんとに実現したらいいな」




――――――――――――――――――


※以下は、学習障害の治療に関して参考にした文献です。


・黒川清,「経頭蓋電気刺激法の注意欠如・多動性障害への効果に関するメタアナリシス」,国際研究論叢 32(1):75~87,2018


・室橋, 春光,「読みとワーキングメモリー : 「学習障害」研究と認知科学」,特集 認知科学的アプローチ,2009-10


・三村將,「前頭葉の臨床神経心理学」,2016年6月30日





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