24-3 夕焼けの公園


 オレンジの夕焼けに影が黒く伸びる。


 ドッペルは丘に作られた公園にカズマを迎えに来ていた。


 近所で一番大きいこの公園は、出入り口から一番奥に街を一望できるスポットがある。


 その近くのベンチにカズマは腰掛けていた。


 スミレのところに行ってくると言い残して出掛けて行ったカズマが心配だった。


 カズマはここ最近、一人で出歩くことすらしてなかったのだから。


ドッペルゲンガー製造計画が終わって以来、外に出るのはドッペルが散歩に誘い出した一回きりを除いて初めてのことだろう。


「カズマー!」


 思わず駆け出していた。


 カズマが振り返り笑い掛けてくる。

 落ち着きを取り戻した柔らかな笑みだった。


「悪い。迎えに来させて」


 ドッペルは首を横に振った。


「もう大丈夫なんだな?」


 確認の意味で窺うと、「多分な」とカズマは肩を竦めた。


 どうやって大丈夫になったのかをしつこいくらいに尋ねる。


 カズマは案の定鬱陶しそうに、だが丁寧に答えてくれた。


「ドッペルゲンガー製造計画に接触した」経緯の記憶を新しく捏造する操作を行ったらしい。


 その操作自体は難しいものではなかったという。


 ドッペルゲンガー製造計画に加担していた企業に接触する動機はあったし――スミレとデートしている間に自分の代わりを務めてくれるドッペルゲンガーが欲しいという動機――、その記憶さえクリアすれば他の矛盾はなくなる計算だからだ。


 そこまで聞いて、ドッペルに疑問が湧く。


「結局、どうやってカズマはドッペルゲンガー製造計画を知ったことにしたの?」


 カズマがちょっと得意気にニヤリと笑った。


「テレパシーだよ」


「は?」


「自分そっくりの声が頭の中に聞こえてきて、『俺は未来から話し掛けている。今から俺が言うことを聞け~』って言うわけ」


 ドッペルがぼかんと口を開けた。


「マジ?」


「マジ」


「それ、そん時のカズマ信じちゃったの?」


「おう。信じちゃった設定だし、信じちゃった記憶が今俺の中にちゃんとある」


 ドッペルはたっぷり数秒呆気に取られてから、ゲラゲラとお腹を抱えて笑い出した。


 カズマが少し気恥ずかしいからか口を尖らせるのが余計に笑いを誘う。


 笑い過ぎて滲んだ涙を拭っていると、カズマが取って付けたように質問した。


「で? ドッペルは昨日どうしてたんだ?

 ……何かあったんだろ?」


 ヨモギと出掛けた後、ドッペルの顔色が優れないことにカズマは気付いていたらしい。 


 けれど迂闊に訊いていいか一日迷って、今思い切って尋ねてみたのだろう。


「う、んとね。そうだ、カズマに話してないことあったんだ」


 ドッペルはまだ冷静に話せる気がしなくて誤魔化してしまった。


 カズマはそれに気付いているが敢えて突っ込むまいとしてくれた。

 こういう時の察しの良さはカズマだなと思う。


「ドッペルゲンガー製造計画が今後、悪用されることはないと思う。例えソラさんであってもね」


「どういうことだ⁉」


 カズマが驚いて大声を出す。


 ドッペルはくるっと人差し指を回す間に、話す手順を組み立てた。


「モモウラ教授とソラさんの実験計画書、見たでしょ?」


「ああ」


「モモウラ教授の計画書には注意書きがあった。

『企業に対しては学力向上をうたってるから、こっちの計画はバレないようにしてね』ってさ。

 おかしくない?」


「つまり、協力企業に向けた計画書じゃないんだな。ってことはどこに……」


 カズマの語尾が消えた。


「こんなバレたら破滅の実験計画に資金援助してくれて、こんだけ大騒ぎになっても尻尾しっぽ一つ見せない何らかの大きな組織、だろうね」


 あっけらかんと言い放つドッペル。

 カズマは顔を強張らせた。


「そっ、れは、秘密を知った人間を皆殺し、の展開になる感じ……?」


「いやいや、大丈夫! 俺が皆を守るぜ!」


「うわー、頼りねー」


「ひでぇな! 俺、頑張って交渉したんだけどなー。あーあ」


「交渉……?」





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