24-2 夕焼けの公園

 就寝前、定位置になっているベッドの上にドッペルと並んで座った。


「カズマ、今日大丈夫だった?」


「ああ、うん。スミレに連絡して今の状態を話した」


「えっ」


 ドッペルが息を呑んでせっつくようにカズマを見た。


 カズマの状態が深刻なものであったらどうしようという不安と、この状態を改善できる方法が見つかるかもしれないという期待に揺れている。


 カズマは申し訳なくなり、視線から逃げるために顔を背けた。


「残念ながら何も分かんなかったよ。スミレの方でも色々対策考えてるらしいけど……」


「そっかぁ」


 ドッペルが吐く息に乗せて呟いた。


「カズマ、ごめんな」


 カズマは、俺のことでドッペルが責任感じる必要はない、と暗に伝えるために苦笑した。


 ドッペルがうーんと伸びをしてその勢いのままベッドに仰向けに倒れた。


「カズマはさぁ、最初から俺がラノベに出てくるような美少女ヒロインだったら良かったのにって思う?」


「……どういう質問だよ?

 俺そん時スミレと付き合ってたし、もしドッペルが美少女ヒロインだったらとんでもない修羅場になってたと思う」


 その図を想像したのだろう、ぎゃははは! とドッペルが笑い転げた。


 勝手な奴だな、と頭の中で毒づいておく。


「というか、最初から俺は自分の分身がほしくて、ドッペルゲンガーを注文してたわけだし……。

 ……“最初から”?」


 カズマの言葉が途中で止まった。


 ドッペルが不思議そうに「カズマ?」と首を傾げた。


 カズマの左手が眼鏡の端に添えられた。


 考え事を始めたまま石像のように硬直したカズマの肩を、ツンツンとドッペルがつついた。


 その瞬間。


「ああっ!」


 叫びながら立ち上がった。


「なになに? どーしたの? 頭おかしくなった?

 ……いつものやつじゃないよな? な? カズマ?」


 心配そうに話し掛けるドッペルの肩をカズマは、がしっと掴んだ。

 珍しく満面の笑みになる。


「分かったぞ! 消えてる記憶がどれなのか!」




 カズマは一週間ちょっと前に脱出した植物園に再び訪れていた。


 日が傾いて案外ひんやりした風が頬を滑っていく。


 植物園の温室の戸を開けると、スミレが立っていた。

 視線だけで側に来るように促される。


「カズマ君、消えてる記憶が分かったって、ほんと?」


 カズマは慎重に頷いた。


「じゃなきゃこんなとこまで呼び出さない。

 消えてる記憶は俺が最初にドッペルゲンガー製造計画を知り、企業に接触した時のことだ」


 スミレが目を見開いてから思案顔で顎に手を当てる。


「……そもそも最初、どうやって君はドッペルゲンガー製造計画を知ったのかしら?」


「だからそれを覚えてなくてさ」


「あ、そうよね」


 照れくさそうに髪をがしがしと掻くスミレ。


 普段よりぐっと子供っぽく見える。

 そういうふとした仕草にかつてカズマは惚れていた……。


「なら、カズマ君はどうしようと思ってるの?

 オリジナルとドッペルゲンガーのつながりを切る操作を行った以上、失った記憶を取り戻すのは不可能なのよ」


「え、そうなのか?」


 てっきり抜けている部分を特定できれば記憶を取り戻せるのだと思っていた。


 今度はカズマが思案する。


「……ただ新しい記憶を埋め込むことは出来るわ。

 ドッペルゲンガー製造計画を知った経緯を君の頭の中で捏造するの。


 そうすれば君の中での矛盾が埋まって精神的な歪みを修正できるかもしれないわ」


 記憶を捏造する……。


 スミレの言葉に怯みそうになった時に手が携帯機器に触れた。


 正確にはそれにぶら下がっているメタル・クマのキーホルダーに。


「っ……。スミレ、頼む。新しい記憶を埋め込むほうに賭けたい」


 スミレは「分かったわ」と短く声を張った。


 背を向けた彼女にカズマは目を奪われた。


 何故か寂寥を持て余しているような後ろ姿に思えた。





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