25-1 テレパシー

 過去へと遡る。


 ――大学生活がスタートして程々の日にちが経った休日だった。


 夢現ゆめうつつだったカズマの脳内に突然、声が響いた。


 夢現なのでどこのSFだ、と怒鳴ることも出来なかった。




『俺は今、未来から話し掛けてるんだ。

 信じられないだろうから信じなくていい。

 ただ最後まで聞いてくれ。


 これから俺が言う企業に連絡して、ドッペルゲンガー製造計画のお試し販売を注文してほしい。


 きっと今、俺はその言葉に興味を引かれているはずだ。

 スミレと付き合いたてのはずだから、デート中自分の身代わりをしてくれるドッペルゲンガーは魅力的だろ?


 今はただの好奇心でいい。連絡してみてくれ。


 そして、多分これから色々と苦しい思いをしなくちゃならなくなる。


 でも、この時のことを、俺のドッペルゲンガーに出会えたことを後悔したことはなかった。


 俺はもう自分のドッペルゲンガーに出会わないって人生は想像できないんだ。

 だから諦めてくれ!』




 台詞を聞き終えた瞬間、カズマの意識が一気に覚醒して目眩がした。


 何なんだ、とふらふらしながら勉強机の上に放置していたノートを見る。


 そこには有名企業の名前と住所と電話番号が書かれていた。

 自分で書いた気がするし、誰かに書かされた気もする。


 ――少し前、スミレが「恋人同士であることを周囲に伏せてほしい」と頼んできたことを思い出し、複雑な気分になった。確かに八歳も年下の男が恋人だというのは体裁が悪いのだろう。


「ドッペルゲンガー……」


 バカげてる。

 でもこれで少しでもスミレと過ごす時間が増える可能性があるなら……。


 そう考えてしまう自分に嘆息しかけたがぐっと飲み込む。


 そして、カズマはノートと見比べながら、携帯に電話番号を打ち込んでいった。


 プルルルル……。


「……あ、ども。えっと、ドッペルゲンガー製造計画の、お試し販売を利用したいんですけど……――」






 ――何故カズマに、ドッペルゲンガー製造計画を知った時の記憶が必要だったのか。


 それは無意識下でくすぶっていて、だが言葉にすることを無意識に禁じていた疑問が、カズマを苦しめたからだ。


 何で自分はこんな目に遭わなければならなかったのか?


 こんなに苦しまなくても良かったのではないか?


 理不尽ではないか?


 だが、自分以上に理不尽な思いを強いられてきたドッペルやヨモギや他の被害者を前に口に出せる訳もない。


 蓋をしてきたその疑問への答えとして“未来の自分の言葉に従った”ことにしたのだ。


 自分で決めた。だから、仕方がない。そして後悔もしない。


 計画に巻き込まれた理由が腑に落ちたことで、苦しみを一つ過去へと押しやれた。


 きっとこのことを皮切りに少しずつ情動が安定し、新たな人生に踏み出せるだろう……。





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