25-2 テレパシー


 ところ変わって、現在。


「でさ、カズマはスミレさんとは自然消滅?」


「そういう聞きづらいことよく平気で訊くよな、お前」


 げんなりして眉を寄せたカズマは、自分そっくりの青年の頭を小突いた。


 ――ドッペルの出した結論は『整形手術はしない、そしてカズマと同じ生活圏で暮らしていく』だった。


 ただし、カズマのドッペルゲンガーとして人生を歩みたいわけではないと言う。


 カズマの近くで、カズマとは違う一人の人間として生きていきたいらしい。


 カズマはその選択は、これからの人生もドッペルゲンガー製造計画に縛られることになるのではないか、と頷きがたかった。


 けれどドッペルは否定した。

「ドッペル」と呼ばれる自分を生きていくと自分で選んだ、と言い張った。


 最後に折れたのはカズマの方だった。




 カズマは今、実家を離れて大学により近いアパートで一人暮らしを始めている。


 ……何故か隣の部屋にドッペルが越してきた。


 ドッペルはニヤニヤを通り越してニタニタした笑顔で、


「俺たちの顔がそっくりだから驚かれるだろ? 言い訳考えないとね!

 兄弟は無理あるっしょ? 取り敢えず従兄弟ってことにする?

 どうする? あ、カズマは(以下略)」


 ドッペルは眼鏡をコンタクトに変えて髪を焦げ茶色に染めた。

「ダークブラウンだっ」というツッコミがすかさず入る。


 カズマは髪を短く刈り込んだ。

 ドッペル曰く「野球部ほどじゃないけどサッカー部くらいは短髪」。


 見た目が変わるだけでも大分印象が変わるものだ、と感心した。


「あとは名前どうするんだ?」


 ドッペルの引越しの手伝いをしながら、なんとはなしに尋ねた。


「名前? ドッペルだよ。それで良くない?」


 ……流石にちょっと! ドッペルはその辺の感覚がズレている……。


「いや、大学とかで使えないって。つーか元々の名前は? 思い出したんだよな?」


 ドッペルはブルドックのように顔を顰めた。


「カズマにはぜってぇ教えたくない」


 何でだよ!


「……まあ、いいや。でもどうすんだ?」


 ドッペルが教材一式を苦労して段ボールから出しながら、


「カズマが付ければ?」


「ちょっと他人事過ぎねぇ? 自分の名前だろ?」


「うーん……」


 ドッペルは本気で興味無さげに段ボールを潰している。


 カズマは溜息を吐いて、ドッペルの新しい名前を考えることにした。


 左手で眼鏡の端をしばらく弄って思い付いた。


「……『奏叶』って名前はどう?」


 段ボールの端にボールペンで書く。


 ドッペルが「ん?」と首を伸ばした。


「これで『カナト』って読むのか?」


「『叶』は当て字だけど。

 ……『奏』は音楽を奏でる、で自分の思うとおりに自由に生きられるように、って意味かな。

『叶』は夢を叶える、の意味。


 ドッペルはこれまであんま自由に生きて来たわけじゃないだろ……?

 だから、せめてこれからは……」


 言いながら気恥ずかしくなってカズマは口を噤んだ。

 ドッペルは茫然と呟く。


「カナト……。俺の名前か……。夢盛り沢山な名前だなぁ」


「ご、ごめん! けっこう即興だった! もっとちゃんと考えるから、」


「ううん!」ドッペルが勢い良く首を横に振った。

 頭もげるぞと注意したくなるほど。


「俺、カナトでいい。というかカナトがいい!」


 心底嬉しそうに見上げてくる。


「い、いいのか? こんな段ボールに即興で書いた名前だぞ? しかも俺が付けたやつ……」


「うん!」


 ……まあ、喜んでるんならいいか。


 カズマは食器類をまとめて抱える。


「なあ、ドッペル。台所の棚、適当に食器仕舞ってもいいか?」


「ちょっとカズマ! カナトって呼べよ!」


「ええー、今は誰も聞いてないんだからいいだろ、別に」


 軽く受け流してカズマは手早く食器を仕舞った。





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