21-1 神経衰弱

「神経衰弱」は、ソラがお題を出し、カズマたちが印象深い情動的体験を話すことを延々繰り返すのだとか。


 これは要は、精神分析的アプローチに基づく手法だと憶測できる(と、ドッペルが耳打ちした)。


 ソラは、カズマやドッペルの語りの中から無意識に抑圧している記憶を探り当て掘り起こすことで、強烈な情動を引き出したいわけだ。




『じゃあ始めてもらおうか。まず一つ目のお題、友人の話』


 不本意ながらもソラの号令で、カズマから語り出す。


「えっと、俺の昔話……」


 精神的に不安定になりそうな辛い体験談、と言っても限られてくる……。


 結局は無難に、ジロウと「王道ラブコメ」談義が白熱し過ぎた話を選んだが、ドッペルの爆笑をさらっただけだ。


 カズマが馬鹿にされたような面白くない気持ちになっていると、急にドッペルが額を押さえた。


「……ちょっと頭がピリピリする……」


「大丈夫か⁉」


「大丈夫。続けよう」




 ドッペルが、通話の向こうのソラに尋ねた。


「次は俺の友人の話ってことでいいんだよね? じゃあ、ヨモギの話。施設にいた頃……」


 ドッペルがヨモギと大喧嘩した時の話だった。


 どっちが大人かということで喧嘩したらしい。

 ドッペルは『俺のほうが背が高い』と主張し、ヨモギは『誕生日は僕の方が早い』と言い張って最後は取っ組み合いの喧嘩になった。


 話している間中ドッペルはケラケラ笑っていた。


 というのもヨモギは日付としてはドッペルより誕生日が早いのだが年齢は二つ下だ。

 当時はそれに気付かず言い合っていたようだ。


 その喧嘩は年上の男の子に止められた。一発ずつ拳骨をもらったらしい。


 ドッペルたちは男の子をリュウ兄ちゃんと呼んで慕っていたという。


 養護施設では里親を名乗り出た人と子供を引き合わせてマッチングするが、ドッペルのいた施設ではほぼ年上から順番に引き取られていく仕組みだったらしい。


 それは施設の子供たちがドッペルゲンガー製造計画の被験者にされていたからなのだと後に分かるが。


 ドッペルたちが大喧嘩をしたのは施設の他の子供たちに寂しい思いをさせたくなかったからだ。


 結局は喧嘩の仲裁をしたその子が施設に引き取られていった。


「リュウ兄ちゃんが引き取られる日、大泣きしたのを覚えてるよ」


 ふふっ、とドッペルは思い出し笑いをした。


 カズマは何気なく尋ねた。


「……そのリュウ兄ちゃんは今どうしてるんだろうな。会ってみたいんだろ?」


「うん……。一度だけ先生に訊いたことあるよ。

 ……『そんな人はいなかった。余計な詮索は止めなさい』って怒鳴られた。

 引き取られていった子たちのことは考えちゃいけないんだって分かって、物凄く怖くなったよ」


 おそらく本人は気付いていないが、今のドッペルの笑顔は痛々しい。


 まただ、とカズマは思う。


 以前、ドッペルが自分を卑下するような発言をした時も同じ表情をしていた。


 ドッペルの心に諦めや絶望が根を這っている想像ができた。


 辛い思いをする前に諦めたように笑う。


 その癖はドッペルが親や施設や教授から捨てられ続けていくうちに身に付けてしまったものなのか。


 カズマの頭に電流が走ったような感じが僅かにあって、ふっと、の顔が浮かんで――すぐ霧散した。


 いや、全て気のせいだったかもしれない……。


 無遠慮なソラの声が降ってきた。


『今のはドッペル君の方が面白かったね。ってことでカズマ君、お薬飲もうか』


 カズマは憤然ふんぜんとしたが、言う通りにするしかなかった。


 ドッペルが小声で、


「“面白かった”というより、別の部屋で情動の変化を測ってて“脳活動の反応が大きい”方を決めてるんだと思う」


 ……なるほど。




――――――――――――――――――


※以下は、心理学者ジークムント・フロイトの精神分析について参考にした文献・サイトになります。


・野島一彦,岡村達也,「公認心理師の基礎と実践③[第3巻] 臨床心理学概論」,遠見書房,2019年4刷


・「フロイトの精神分析学とは何か?①自由連想法と夢分析に基づく神経症の治療を目的とする精神療法、深層心理学とは何か?③」,TANTANの雑学と哲学の小部屋,2018年7月,自由連想法





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