20-2 ソラ

 クロの自死は、少なからぬ衝撃をもたらした。

 彼女の選択がソラには痛いほど理解できたからだ。


 自分が、彼女が辿ったのと似た終幕を迎える予感がある。

 クロもまた、生の実感もなく、ありとあるものを無為に感じていたことだろう。


 だが、ソラには彼女と違う点がある。


 企業や研究所に居残り“不幸になるしかない人生”を変えたいと足掻いているからだ。

 今なお、自分は抗っているのだ。




 オリジナルの彼の願いは、教授に実験を辞めさせること。

 ならばその後、ソラがどう実験を続けようが自由なはずだ。


 そしてテレパシー実験に微かな希望を見出した。




 ――『ヒガン』。

 洗脳の司令塔には、はなから自分を想定しなかった。


 ソラという劣化模倣の“不幸な人生”を彼岸の彼方に捨て去りたかった。


 洗脳――つまり情動的体験の植え付けに成功すれば、幸福な記憶を味わえる。




 ソラにはこれから先も、高い知能の代わりに感情の鈍くくすんだ人生が約束されている。


 だがそこに、ひとさじの幸福が差し込むことくらい望んでもいいだろう?


 脳の中で何が起きているかを解明し、幸せな他人の人生を恒久的に自分の物として体験できるなら、この高い知能を失くしたっていい。

 自我を失くしたっていい。

 死んでもいい。


 だが、不幸なまま死にたくない。


 そのくらい許可されて然るべきだ。

 その後、テレパシー実験が誰にどう扱われるかなんて知ったことではない。




 その一方で、カズマとドッペル両名の今後に興味があるのも事実だ。

 ソラとオリジナルが辿るしかなかった道筋を彼らは回避しようというのだから。


 手の中で錠剤が詰まった瓶を転がす。

 同じものをカズマとドッペルの元にも置いてきた。


 自分がこの薬にこだわってしまう理由は分かっている。

 この薬を眺める時はいつも、ソラのオリジナルの少年が壊れていく様が脳裏に再生された。




 どうしても同じ薬を使いたかった。

 彼らに同じ苦難を与えた上で、自分たちとは違う未来を選択して欲しかったのかもしれない。


 自分たちが得ることのなかった未来を彼らが得たなら、オリジナルの死に、そして自分の境遇に、納得できるかもしれない――。




 ――いや、まったく、俺は何を期待しているのか。


 知らず自嘲の笑みが浮かび、消えた。


 彼らに興味と、僅かばかりの期待があることは否定しようがない。

 だが、今はただの実験体として彼らを観察し、テレパシー実現の糸口を冷静に見つけるだけだ――。





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