17-3 ブランケット


 ソラは、ドッペルとカズマの要請で、くだんの中層ビルに留まった。


 三階会議室で倒れたモモウラ教授(ドッペルゲンガー)を連れ出した。


 これから彼には手術が行われる。ぶっちゃけドッペルゲンガーになる以前の元の顔に戻す整形手術だ。


 目覚めればおそらくそれまでの記憶、つまりモモウラ教授のドッペルゲンガーだった記憶は消えているだろう。


 そして、妻と息子を失った時点までの記憶が蘇る。


 この先の数十年の人生を彼がどういう思いで生きるかはソラには分からない。きっと興味もないが。


 ドッペルゲンガーだった彼にはしばらく監視が付くことだけ決まった。


 ソラは、彼らが『モモウラ教授』という一つの人格を奪い合ったことについて思いを馳せた。


 彼らは決して互いを認めなかった。娘と息子を取り合う真似までして。


 だが、カズマたちは違った。

 あの青年たちは始めから互いの人格は別々であることを自覚し、尊重し合った。


『モモウラ教授』たちとの決定的な違いはそれだろう。


 カズマが、自身のドッペルゲンガーに『ドッペル』と名前を付けた。

 たったそれだけ。

 けれどそれは途轍もなく大きな違いだ。


 あの青年たちがこれからどう生きるのか。それには大いに興味があった。


 ソラは眼鏡を外して、楽しげにビルの窓から下界を見下ろした。



 高校の体育館裏の日陰。


「カズマー! って、おわぁ!」


 カズマとドッペルが声のした方向に顔を向けると、車窓からダイヤが奇声を上げた。


「すげぇ……ほんとに同じ顔が二つだ……。てか片方顔がとんでもないことになってんだけど」


 ダイヤは好奇心半分、不気味さ半分の顔だ。

 好奇心百パーセントなのはジロウだ。


「うわぁ! マジか。すごいな、実在するのかドッペルゲンガー! 双子じゃないもんな!」


「カズマ君、ドッペル君、無事ー? 救急箱は持ってきたけどね」


 後部座席から手を振ったのはヨモギだ。


「腫れは酷いけど骨折れたりはしてないから無事だ。ヨモギも逃げ切れたんだな……」


 眩しそうに安心したように、目を眇めたカズマ。


 何故かふむふむ、と頷いたヨモギは、


「なるほどね。そっちがカズマ君でこっちがドッペル君だな。顔そっくりでも一言喋れば分かるねえ」


 ドッペルがつまらなそうに伸びをした。


「ええー、分かっちゃうのかよー。俺カズマのフリして混乱させようと思ったのに」


「こら、やめろ」


 カズマがドッペルの頭を軽くはたいた。


「おーい、いつまで突っ立ってんだよ。ここ高校の敷地だから二人ともそろそろ車乗れよー」


 ダイヤの一声でカズマたちはいそいそと車に乗り込んだ。




 カズマは車の中で手早くヨモギの手当てを受けた。


 会話が途切れたすきに、何気ない口調で助手席に座るジロウが呟いた。


「カズマとドッペルはさ、これから何かしたいことあんの?」


「これからって、俺がカズマのドッペルゲンガーじゃなくなったらってこと?」


 ドッペルの問い掛けに、車の中にいる全員が無言で耳を傾ける。


「うーん。そーだなぁ……。家事を覚えよーかな。特に料理!」


「え、そんなんでいいの?」


 不思議そうに訊き返したのはヨモギだ。


「うん! そんなんがいいの」


 とドッペルが清々しく頷いた。


「確かにドッペルの料理酷かったしな……」


 ダイヤが遠く思い出すように零した。


「酷い? そんなに不味かったのか?」


 カズマが訊くと、「「不味くはないけど……」」とジロウとダイヤが揃って肩を竦めた。二人とも遠い目。


「酷いって言うなら、カズマ君も相当だったけど」


「あ、ちょっ、ヨモギ! 余計なこと言うなよ!」


 慌ててヨモギを止めに入ったカズマをドッペルが押し退けた。

 一応俺、怪我人!


「どーゆーこと? どーゆーこと?」


「お米研いだだけで米粒が飛んで行って、いざ米炊く時には体積が半分減ってる、とか」


「ちょっ、それ教えなくていいだろ⁉」


 カズマが躍起になって止めようとするが。


「……それ料理する以前の問題じゃね?」


 ジロウの冷静な突っ込みが辛い。ジロウはSF的展開が絡まなければ至って常識的だ。


「ああーもう! 分かった! 俺もこれから料理練習するよ。それが取り敢えず俺がしたいことな」


 カズマは小さく両手を上げ、降参のポーズで会話を打ち切った。


「うん。いいと思うぞ、カズマ」


 ドッペルが嬉しそうに隣で笑った。

 いつもより暖かい色合いを帯びた笑みだった。




――――――――――――――――――


*この17話をもって、全体の3分の2ちょっとまで進みました。

 もう少しお付き合いいただけると幸いです。





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