17-2 ブランケット
*
カズマは高校体育館の外壁に背中を預けた。
血で汚れた服を隠すためブランケットを羽織っていた。
カズマは企業のビルから脱出し、ドッペルに背負われて高校に逃げ込んできた。
もう誰も追ってきてはいないが、逃げ込んだという気がしてならない。
途中でコンビニに立ち寄って買ったパックのゼリーを、保冷剤代わりに顔の痣に宛がった。
ボコボコにしやがって、と心中でやっと教授に毒づく。
高校にカズマたち以外の人影がないのは長期休暇中……夏休みだからだろう。
まあそれも終わりに差し掛かっているが。
カズマは研究所に捕まっていて夏休みいっぱいを潰したわけだ。
風がそよりと通り過ぎた。
日が翳り始めているのをぼんやり眺める時間はいつ振りか……。
「カズマー、痛みは? ましになった?」
「冷やし始めたばっかだしなあ、まだちょっと」
「そっか……。何考えてたの?」
不思議そうにドッペルから覗き込まれて、苦笑した。
「大したことじゃねぇけど。ここ、俺の母校だから懐かしいなとかさ」
「ああ、そーだったねー。あっ、」
ドッペルが何かを思い出したような顔をする。
しまった、というような。
「どうした?」
まさか、まだ何か面倒事があったのか?
「いやぁ……その、カズマさ、モモウラレンゲさんに告白されてたじゃん?」
「ん?」
想起するのに大分時間を要した。
そういえば、研究所に捕まる前に同じ学科の女子に「好きです」と言われたんだっけ。
「……すまん、今の今まで完全に忘れてた」
「あ、そう? 俺、勝手に断っちゃったからさぁ、カズマ怒るかなぁって……」
「そんなことで怒りはしな……って、モモウラっ⁉」
ドッペルは“モモウラ”レンゲと言わなかったか⁉
「そーだよぉ。カズマやっぱ気付いてなかったんだな。あの子はモモウラ教授の娘で、スミレさんの妹」
カズマからはあ、と気の抜けた溜息が出た。
ドッペルがニヤニヤしていた。
「残念だったねー。カズマが好きで告ってきたんじゃなくて、監視目的だったみたいだし」
「……おい、追い打ちかけんな! 傷口に塩降りかけるな!」
カズマはムッと口を尖らせて悔しさをやり過ごすしかない。
隣でケラケラ笑うドッペルを見やった。
以前は年の近い弟みたいだと思っていた。でも、今は兄のように頼もしく感じた。
「あのさ、ドッペル。改めて助かった、ありがとう。あとお前、すごくカッコよかった」
「あらー、どーしたわけ? ようやくカズマは俺の凄さに気付いたのかな?」
嬉しそうにニヤニヤを通り越してニタニタするドッペルに、カズマも偶には素直に頷いてみせた。
「ああ、お前は凄いよ、ほんと」
「えっ! ちょ、ちょっと待って! 言い訳させて! 俺が凄いんじゃなくて、カズマの体力が落ちてたから、逆に俺はあんな動けたんだと思うし! 反応速度が上がったなって感じしたから! あん時カズマが研究所に残る決断しなかったら、こんなすんなり教授のところにたどり着けてないし、」
「分かった、分かった、分かったから。ちょっと慌てすぎ」
くくく、と思わずカズマは肩を揺らした。
褒められたことにバタバタと驚いているドッペルが可笑しくてひとしきり笑った。
潮が引くように笑いが治まった頃、ドッペルは口元を引き締め真剣な表情を作った。
「なあ、カズマ」
「何?」
通り過ぎる風がブランケットをはためかせる。
「俺さ、ちゃんと自分の記憶を取り戻したいと思ってるから。ドッペルゲンガー製造計画を本当の意味で終わりにしたい。俺たちのつながりを切りたい」
「……ああ、手伝うよ。手伝わせて欲しい」
ドッペルの決意を尊重すると決めていた。
だから、最後まで見届けるのはカズマにとって自然なことだった。
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