12-4 海辺の家


 白い箱のような部屋。


 ヨモギたちを脱出させた後、再び研究所の職員に連行され、カズマは椅子に拘束されていた。


 目の前に立っている人物を睨み付けた。


「……まさか、私を騙していたとはね。君はオリジナルの方だったというわけか」


 モモウラ教授(ドッペルゲンガー)が苛立たしげに口の端を吊り上げた。

 心なしか白髪交じりの髪が乱れていた。


「…………」


 バレてたのか……。けど、逆に好都合かもしれないな。


「私はドッペルゲンガーの青年が手に入れば十分だったのだがね……。しかし、折角せっかくこうして君の方から捕まってくれたのだから役立ってもらおう。

 貴重な被験者の子供を何人も逃がしてしまったのだからそのくらいは覚悟していたのだろう?」


 あんたの思い通りにさせない、とカズマはわざわざ口に出しはしない。


 まるで人を人とも思わない言い草に沸き上がった怒りや惨めさも。


 教授は言いたいことだけ言うと爬虫類のような視線を残して、部屋を立ち去った。




 ふうっとカズマは息を吐いた。


 おそらくドッペルに追手が掛かることになるのだろう。

 不安がくすぶりそうになるのを抑えて、きっと大丈夫と唱えた。

 今は信じることしか出来ない。


 それより、カズマにはこの研究所でやるべきことがある。


 眼鏡を掛けた三十代前後の男が部屋に入ってきた。

 研究所の職員の制服を着ていた。


 ヨモギたちの研究所脱出プランで協力者だった男だ。


「やあ。カズマ君、初めまして。元気かな?」


 捕まっているのだから元気なわけがない。


 男は軽薄そうにひらひらと手を振ってきた。

 多分この人、ダメな大人の代表だ、と直感が告げた。


「……えっと、ソラさんでしたっけ?」


 ヨモギが話していた名前を記憶から掘り返した。

 ヨモギたちの脱出計画に手を貸した職員の一人だったはずだ。


 カズマの声は案外強張っていて、緊張を悟られていないかひやひやする。


「ああ、覚えててくれたのか! 警戒心マックスって感じだねぇ」


 ソラは楽しそうにすら感じられる声音で、手足を拘束されて動けないカズマを眺めていた。


「……正直あんたは信用できない。その眼鏡もどうかと思う。でも、」


「信じるしかない、この計画を終わらせるために。って言いたいのかな?」


 ソラが呆れたように肩を竦めるのに、カズマは慎重に頷いた。


 さっきからもやがかかったようにカズマの思考が鈍くなっていた。





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