12-3 海辺の家
*
研究所地下のスミレの自室に、スミレとレンゲは閉じ込められていた。
ここ数日、久し振りに姉妹同士で顔を合わせた気がした。
レンゲは自分と似ていない姉に時折視線を投げては俯いた。
スミレもレンゲの様子を窺っているようだ。
「……レンゲ、髪ぐちゃぐちゃになってるよ」
遠慮がちにスミレが話しかけてきた。
「朝ちゃんと整えてなかった」
レンゲは呟きながら、跳ねた髪を手で撫でつけた。
「結んであげよっか……。レンゲが良ければだけど」
姉の言葉に少し迷って、「……じゃあ、お願い」と頷いた。
スミレは自分で言ったくせに驚いた顔をしていた。
年の離れた妹にどう接したらいいのか分からないというそのままの反応だった。
レンゲはもう十八だ。髪を結んでもらう年齢じゃない。けれど甘えてみた。
「レンゲの髪ってけっこうサラサラなのね。私は髪質硬いから羨ましいや」
「そんなことない。レンゲの……じゃない、私の髪けっこう跳ねるし。静電気とかすごいから」
「それは私もだよぉ」
ちょっと口を尖らせたスミレが、レンゲの正面の鏡越しに見えた。
綺麗なポニーテールが出来ていた。
くすくすと二人で少し肩を揺らした。
この場をやり過ごすためのやり取りだと二人とも分かっていたが、こんなふうに笑うのか、とどちらも内心驚いていた。
ヴー! ヴー!
その時、警報が鳴り響いた。
「な、何⁉」
レンゲが扉の覗き窓から廊下を覗くと、赤いランプが忙しなく点滅していた。
どうしたら……⁉
レンゲがパニックになりかけた時、
「レンゲッ。こっちに!」
スミレに呼ばれるまま、深く考える前に本棚の横の扉に素早く滑り込んだ。
その部屋は防音になっているようだが、警報はうっすらと響いてくる。
部屋の真ん中にピアノがあった。
「ねえ、何があったの……⁉」
小声でスミレに尋ねた。
スミレは何も読み取らせない顔でレンゲの肩に手を置いた。
「私にも分からないわ」
嘘だ。と分かった。
姉は何が起きているか把握しながらレンゲに教えないのだ。
きっと教えてくれと食い下がっても教えてくれないだろう。
何があったのか勘繰るより、姉の指示に従う方が安全だ。
一時間くらいで警報は止んだ。
その間、レンゲは部屋の隅で膝を抱えていた。スミレもじっと息を殺していたようだ。
警報が止んでレンゲはやっと肩を撫で下ろした。
スミレはおもむろにピアノの前に座った。
ピアノの音色が控え目に響き始めた。
レンゲの意識していなかった緊張や不安、恐怖がほろほろと溶け落ちていった。
気が付くとスミレの歌に合わせて、レンゲも
昔どこかで聴いた曲だったらしい。
演奏が終わると、スミレがピアノの隣に立ったレンゲを見上げた。
「レンゲ、私は家族を守りたいの。それはレンゲとお父さん……私たちの本当の父親をドッペルゲンガー製造計画から守るって意味よ。そのためなら誰を利用しても、利用されてもいい……。
レンゲにも協力してほしい」
レンゲは息を呑んだ。
それはレンゲが“パパ”と呼ぶ人を裏切れということだ。
思考が纏まらないまま口を開く。
「……レンゲは……」
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