12-5 海辺の家

「ところで、カズマ君はヨモギ君がどんな実験をされてたか知ってんの?」


 突然変わった話題に頭が付いて行かない。


「え、どういう……」


「ヨモギ君の受けた実験は睡眠と情動性知能の関係を調べるものだ。

 聞いたことない? ブルーライトを浴び続けると体内時計が狂っちゃうよ~って話。

 ざっくり言うと、睡眠の不足によって人間の知能が低下するか測ってたんだよ。

 睡眠障害、中でも不眠はいろんな心身の不調と関係してる。精神面の症状で言えば、疲労、心配、いらいら、抑うつ、興味の喪失などなど。


 睡眠時間の操作でネガティブな情動を引き起こすことができるなら、それが知能にどれだけ影響するのか知りたくなるのが科学者だよね!

 そして最も効率良く、自分の手は汚さず、人間の精神を壊せる方法を知りたくなっちゃうのは人間のさがだよね。


 で、この五日間くらいかな、ヨモギ君は眠れないように、ブルーライトをガンガン浴びて、法的にギリギリアウトな薬を投与され続けてた。

 と大仰に言ってみちゃったけれども、それだってドッペルゲンガー製造計画を完璧にするための前段階の実験に過ぎないわけだ」


 脱出時は部屋をじっくり観察する余裕もなかったが、思い返せば、壁の二面と天井がぼんやり光っていた。


 あれは恐らくわざとブルーライトを多く含有させた液晶テレビだ。それに二十四時間×五日間もてらされ続けて、しかもそれをずっと観察されていた……。


 想像するだけで気持ち悪さに鳥肌が立った。


「……あんたはそれを知ってて、見て見ぬ振りしてたってことか、ソラさん」


「うん。それが何?」


 なんてことないようにソラはあっさり肯定した。


 カズマはソラに怒りが湧いて、拳を握り締めた。


 その手の中にクマのキーホルダーがあった。

 はっと冷静さを取り戻す。


 ソラは今度は明確に楽しそうに笑った。

 カズマをもてあそんでいた。今のやり取りは単に、カズマが怒りを露わにする様子を楽しむためだけのもの。


「安心してよ、俺はカズマ君たちの味方だからさぁ。眼鏡仲間でしょ?」


「違います。そんなダサい眼鏡ごめんです」


「……俺はもう何年も前からドッペルゲンガー製造計画を止めるために動いてる。ヨモギ君は、まあほら、カッコよく言うと必要な犠牲ってやつだね」


 カズマが目を剥いて、怒鳴りつけようとするが、


「外部とのコンタクトがとれる人材は貴重なんだから、ちゃんと俺の機嫌を取った方がいいよ」


 ソラの親切なアドバイスでもするような口調に遮られた。


 そう。確かヨモギが言っていた。

 ソラは研究所外部と連携して、ドッペルゲンガー製造計画に関わっている企業にも接触している人間だ、と。


 カズマは沸き上がってくる感情を飲み込んだ。

 今はソラに従順な振りをするしかない。


「分かった。あんたの機嫌を取るよ。俺はどうしたらいい」


「おっ、いいね! 取り敢えずこれ飲んでもらおうかな」


 ソラは心底楽しそうに舌なめずりした。

 カラカラと錠剤の入った瓶を振った。


 ……ドッペル、俺は諦めないよ。だからお前もどうか、どんな状況になっても諦めないでくれ。


 カズマは震える息と共に、ソラから渡された錠剤を水で流し込んだ。




――――――――――――――――――


*作中で「ヨモギ」が受けた実験は勿論、創作なのですが、以下はその根拠に使わせて頂きました参考文献です。


・主査 綾木 雅彦・委員 森田 健・坪田 一男,「住宅照明中のブルーライトが体内時計と睡眠覚醒に与える影響 ―すこやかな概日リズムを保つための住宅環境照明の提案―」, 住総研研究論文集, 2016


・土井由利子,「特集:睡眠と健康 国内外の最新の動向ーエビデンスからアクションへー」,< 総説 >日本における睡眠障害の頻度と健康影響,保健医療科学,2012





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