9-3 地下室のピアノ

 カズマはモモウラ教授(温室にいた方だ)にもう一度会うことを決意した。


 ここ数日をかけてヨモギから詳しく話を聞くことが出来た。


 ドッペルゲンガー製造計画を止めようとしている人間は、ヨモギ、モモウラ教授(温室にいる方)、スミレ、被験者にされている子供の半数、職員の一部の人間。


 ただし、スミレは場合によって協力する形であるので、まだ信用できないということでヨモギとカズマの意見は一致した。


 さらに協力的な被験者は皆、同じ養護施設の出身ということだった。


 研究所のセキュリティ管理室の場所など脱出に必要な情報は調べ終え、今は脱出の機会を窺っているらしい。


 ただ上手くいかないのは「脱出したい、とにかくもう関わりたくない」と考える人たちと、ヨモギのように「記憶を取り戻し、この計画を終わらせたい」と考える人たちの間でもめていることだ。


 カズマはやはりヨモギの意見に賛成だった。

 もしカズマたちが脱出できても新たに実験体として連れてこられる人がいるはずだからだ。


 ともかく今のカズマは自分の出来ることを一つずつクリアしていくしかない。


「ヨモギ、取り敢えずもっと手軽にこの部屋を出入りできるようにしたい」


「オッケー」


 ヨモギは監視カメラの誤魔化し方やロックの解除方法を教えてくれた。

 詳細は省くが、終始えげつねぇー、という感じだった。


「ははは! カズマ君、不器用すぎでしょー」


 ……ヨモギがお腹を抱えて笑った。


 何とかロックを解除する方法を習得した。

 ヨモギが一分でやったことをカズマは一時間かけたが……。


 カズマは悔しさに、ぐぐぐっ……と唸って、はたと思い至った。


 今カズマが絶望的に不器用になっているということは、逆にドッペルは器用になっているということだ。

 だとしたら、万が一の時ドッペルが逃げ延びることに有利かもしれない。


 ドッペルもカズマと同様に出来る限りを尽くしてくれているはずだからその中で無茶もしているだろうし、危険もあるだろう。


 カズマとしては少しでも無事でいてくれる確率が上がる方を信じたい。

 どうかそうであってくれと祈るような気持ちでいた。




 そして、カズマはモモウラ教授の前に立っていた。

 ヨモギに教わったやり方で温室の奥の監視カメラを操作し、侵入した。


 どんなに保っても夕食が運ばれてくるまでの二時間が限度だ。

 二時間で訊き出せるだけの情報を引き出す腹積もりだ。


 カズマは注意深く教授を振り返った。


 清潔だが枯れ果てた姿。

 最初に会った時と印象は変わらない。


「……知識を、知識をくれ……。本を……」


「本は持ってません。でも知識というか情報ならあります」


 カズマの言葉に教授が顔を上げた。

 視線が、定まった。


 彼は次の言葉を促すようにカズマを見ていた。


「俺はドッペルゲンガーじゃない。あんたらがオリジナルって呼んでる方です」


 教授はじっとカズマを凝視しているが、目の光の強さが、頭が回転し始めていることを知らせていた。


「俺はもう一人の俺、ドッペルゲンガーの方と間違われて捕まりました。もう一人のあんた……この研究所を仕切ってるモモウラ教授は成果が出ないって苛立ってます。

 俺はこのドッペルゲンガー製造計画を潰したい。手を貸して下さい」


 断られはしないはずだ、とカズマは踏んでいた。


 教授はこの閉鎖された空間から、知識を奪われ、ただ生かされる苦痛から脱出できる可能性が高まるというメリットがあり、カズマには正確な情報が得られるメリットがあるのだから。


 教授は少し間を置いて口を開いた。


「……君は私を信用できるのかね……?」


 この問い掛けで教授がある程度冷静さを取り戻していることが確認できた。


 カズマは何も取り繕わずに答えることにした。


「……あんたの全てを信用するなんて出来ません……。けど、あんたはあの施設からドッペルを引き取った人なんですよね? ドッペルはあんたと過ごした時間は温かかったと、安心できたと話してたんです。

 ……本来のあんたはどれなんですか? それを知るためにも、あんたを信用する手掛かりを見つけるためにも、話が聞きたい。

 何であんたはドッペルゲンガー製造計画を始めたんですか? 何がどうなって今の状況が生まれていて、どうすれば俺やドッペルやこの施設にいる人たちがこの計画から解放されるんですか?」


 目の前の教授は憔悴しきった顔で、しかし考えを巡らせているように目は生気を取り戻していた。


「……よろしい。私のこれまでの経験を話そう」





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