3-2 黒い箱


 ドッペルの話を聴き終えても、いまいち実感が湧かず無言でいた。


 ドッペルも不安げにカズマを見やってから再び床に視線を落とした。


 もう日付が変わっていた。カズマはようやく口を開いた。


「……それで、ドッペルはこれからどうしたいんだ?」


 ドッペルは底知れない諦観を帯びた笑みを浮かべた。


「……これからどうするかは、俺じゃなく、企業が決めることだから……。分かんないけど、多分、記憶とかをリセットされて元々の俺の人格に戻されると思う」


「……お前はそれでいいのか?」


「……分かんないよ、そんなの……」


 疲れた様子で呟いて、ドッペルは座っていたベッドに仰向けに倒れた。

 途方に暮れた子供のような仕草だ。


 カズマはドッペルと最初に会った時のことを思い出していた。

 確か「人格形成の都合上、過去の経験もだいたい正反対」と言っていた。


 自分のこれまでの短い人生と一つ一つ照らし合わせていくと納得のいく部分もあった。


 そして、思い出したくもない自分と、ある人に救われた経験。これが正反対、ということの根拠だろう。


「ドッペル、聞いて欲しい。前も言ったことだけど、お前が簡単にいなくなったら俺は悲しい。もしかしたら元の人格とかに戻った方がお前のためになるのかもしれないけど……やっぱ、嫌だよ」


「俺もカズマと離れるのは嫌だよ……。でも、また誰かに捨てられるのは、もっと嫌だ……」


 ドッペルの言葉は独り言になっていた。

 天井に視線を固定して、表情を作ることを放棄したようにぼんやりしていた。


「クマのキーホルダーさ、置いてきちゃったんだよね、教授んとこに……。企業に引き取られる時に……」


「そっか……」


 それであの時、寂しそうにしていたのか。


 まだ『廃棄処分』まで半年ほど時間がある。

 それまでにカズマの手で明らかにしたいことがあった。


「ドッペル、俺のこれまでのこともお前に話しておきたいんだ。今日は疲れたから今度でいい。それからどうするか考えよう」


 ドッペルは眠そうに目を瞬かせて、「りょーかーい……」と頷いた。





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