4-1 恋人
そして、一週間後。
カズマは恋人と旅行に来ていた。
先程買ったモンブランとレアチーズケーキの箱を開ける。
彼女によればイタリアから進出してきたばかりの有名なお店で、この近辺でしか買えないのだという。
この旅館を旅行先に決めたのもそのケーキ店が狙いだったのかもしれない。
モンブランの上にコウモリの飾りが載っている。
「ちょっとしたハロウィンパーティみたいになったね」
はにかみながら言われて「そうだね」と笑い返した。
彼女がケーキを二つに切り分けていく。
心の底からこの旅行を楽しめているかと訊かれたら正直頷けない。
ドッペルのことを考えてしまうからだ。
ドッペルは今、家でカズマの身代わりをしながら留守番しているはずだが……。
前回のデートでは喧しく何度も電話をかけてきたくせに今回はメールすらしてこない。
家族の前で上手くやっているか、心配でしょうがない。
頭をよぎるのはそれだけじゃない。
この間のドッペルの話だ。
作られた人格、そして『廃棄処分』のこと……。
*
夕飯後。
特にすることも思い浮かばず、カズマに扮したドッペルはぼーっとニュースを眺めていた。
「カズマー。タオル置きっ放しにしなさんなって言ってるでしょー」
カズマの母親から小言が飛んでくる。
「はーい」とドッペルが腰を上げると、
「……あんたやけに素直だけど大丈夫?」と怪訝な顔をされた。
危ない、危ない。カズマらしく行動しないと。
ってゆーか、今カズマは彼女とわいわい楽しく過ごしてるんだろうなぁ。
羨ましいかと訊かれるとよく分からないがなんか理不尽さは感じる、気がする。
「あれ、何だこれ」
テレビの棚に古そうなビデオが立ててあるのを見つけた。
ドッペルが手に取ると、カズマの母親が覗き込んできた。
「あーそれ、懐かしいわねぇ」
「えっと、何?」
「あら、あんた覚えてないのー? あんたがちっちゃい頃に撮ったビデオよ」
カズマの母親はさっとビデオを取り上げて再生した。
幸福そうな家族の映像。運動会や発表会の様子が映っている。
カズマの両親らしき歓声が録音されている。
両親がいたことのない自分には分からないがとても羨ましい気がした。
*
温泉上がり。
カズマがスマホをチェックしていると、後から上がってきた彼女が「こら」と拳を掲げてみせた。
「濡れたタオルを放置しないの」
カズマは口を尖らせかけたものの結局は「はいはい」とタオルを片付けた。
彼女がバラエティ番組を付ける。心霊現象特集らしい。
ハロウィンと合わせてのことかもしれないが、
「ちょっと季節外れすぎないか?」
「怖いの? カズマ君」
彼女がいたずらっぽく挑発してくる。年上なのにそうして上目遣いをするところは子供っぽい。
「いや、特には」
むしろ枕が変わって眠れないのではという方が不安だ。
「なんだ、ほんとに平気そうだね」
残念がってテレビに向き直る彼女。
何となく思い立って尋ねてみた。
「なあ、ドッペルゲンガーって信じる?」
彼女の肩が不自然に撥ねた。
「何、急に」
「いや、訊いてみただけ。いると思う? ドッペルゲンガー」
「止めようよそういう話」
今度は彼女があからさまに嫌そうにしたので、「悪い」と引き下がった。気まずい。
カズマは左手で眼鏡に触れた。話題を変えよう。
「しっかし、予約した時はこの部屋こんな広いとは思ってなかったよ。俺の部屋の十倍は広い」
ちょっと誤魔化し方が下手だった気がする。というより下手だった。
どうしよう、と思ったところで彼女が苦笑する。
「ええー、そこまでじゃないでしょぉ?」
乗っかってくれる彼女にほっとして、
「だな、ちょっと大袈裟だった」
カズマが肩を竦めてみせると彼女がふふ、と笑った。機嫌を直してくれたようだ。
カズマは後に、彼女にドッペルゲンガーについて強く問い質さなかったことを後悔することになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます