2-1 キーホルダー

 休日、高校の時の友人二人と連れ立ってショッピングモールに来ていた。


「よっしゃぁ! 片っ端から買いまくるぞぉ!」


 溌溂と右の拳を振り上げたカズマ……ではなく、カズマを装ったドッペル。


 友人のジロウがぎょっとして口を挟んだ。ちなみにジロウは長男。


「え、カズマ誘った時あんま乗り気じゃなかったよな。買い物自体好きじゃないって言って……」


「あ、うんうん! 買い物自体は嫌いだよぉ面倒だし。けど、こういう時こそ気合いだろ!」


「いや、どういう意味よ」


 横からもう一人の友人、ダイヤが突っ込んだ。ちなみにダイヤは常日頃からキラキラネーム根絶を謳っている。


 テンション高く訳分からんことを叫ぶドッペルを柱の影から窺っていたカズマは早くも頭を抱えた。


 ああああ、どうしよう、明日何て言おう……。頭おかしいやつ確定なんだけどっ……。


 苦々しく笑いながらドッペルに付き合ってくれている友人たちにも申し訳ない。


 取り敢えずさっさとドッペルと交替しようと固く心に誓った。




 約二週間前、ドッペルゲンガー製造計画のお試し販売によりドッペルゲンガーのドッペルを注文したカズマ。


 カズマと瓜二つの見た目に全く正反対の性格。

 騒がしく、鬱陶しく、目まぐるしくがモットー(たぶん)のドッペルに振り回されながらも今の生活は割と楽しい。


 そして今日、友人たちに遊びに行こうと誘われてやって来た。


 丁度ドッペルがカズマを演じる練習になるかもしれない、ということで友人たちの前にいるのはドッペルの方だ。


 目標はジロウやダイヤに違和感を覚えさせることなくショッピングを乗り切ること。


 実は現在、カズマが付き合っている彼女との旅行が一週間後に迫っているのだ。


 事情があって彼女の存在は家族や友人に明かせない。

 そこで彼女との旅行中、家族の前ではドッペルにカズマの代わりを務めてもらう必要がある。そのための練習だ。




「カズマ、ひとまずこの服屋でいい?」


 ジロウからカズマ、と呼び掛けられたドッペルは全くの無反応。

 その距離だとちゃんと聞こえてるはずだが……。


「おーい、カズマ。ジロウが呼んでるけど」


 と、ダイヤが肩を叩くと、


「へ? 俺カズマじゃないけど……。いや違う! カズマだった。忘れてたわ、あはは」


 おおい! 忘れんな! 頼むから設定忘れんなよ!


 とカズマがいくら柱の影から念力を送ってもドッペルはへらへら笑う。

 友人たちが大丈夫かと心配半分、気味悪さ半分の顔をした。


 カズマはドッペルのスマホにメールを送った。

 このスマホはドッペルゲンガー製造計画を推し進めている会社から支給されるものだ。


 メールの文面は『二人にバレそうだから一旦トイレで入れ替わろう』。


 ドッペルはメールを確認し、ちらりとカズマと目を合わせた後、大きく頷いて……服を選び始めた。


 無、無視した……。無視したんだけど。


 カズマがヤキモキするのをよそに、ドッペルは見つけたシャツをジロウにあてがった。


 ドッペルゲンガーは性格こそ正反対だが趣味や好みは同じらしい。

 つまりドッペルの趣味がいいということはカズマ本体の趣味がいいということなのだ。


「これとかどうよ? 色明る過ぎる?」


「あ、いいかも。安いし」


「さすがだなカズマ。買い物嫌いなくせにこの辺はセンスいいの見つけてくるし」


 嬉しそうに笑うドッペルを柱の影で窺って、キリのいいところでもう一回メール送ろう、とカズマは小さく溜息を吐いた。




 昼食前、友人たちの隙をついて西口駐車場に繋がる階段にドッペルを連れて行く。


「ドッペル、何でメール無視した?」


 存外咎める口調になってしまったカズマから、ドッペルが決まり悪そうに目を逸らした。


「ええーごめーん。でもバレなかったしいいじゃん? てか、これちょっとドキドキハラハラして超楽しいね! 俺買い物好きじゃないけどこーゆー感じ初めてだし? てか、カズマの友達いい人たちだねー。何か色々フォローしてくれるし!」


「まあ、類は友を呼ぶって言うしな」


「何それ」


 …………。


 カズマは素早く話を切り替えた。


「まあ、さっきバレそうになったし今日はこのくらいにして俺と入れ替わろう」


「やだね!」


 一瞬イラッとした自分をどうどうと宥め、出来るだけ平坦に訊いた。


「……何で嫌なんだ?」


「誰かさんはこの間も楽しそーに彼女と買い物デートに行った挙句、一週間後には俺を差し置いて秘密の旅行に出掛けちゃったりするから。カズマばっかズルくない⁉」


「はぁ⁉ いや、そんなこと言い出したら……」


「分かってる」と、ドッペルが子供っぽく口を尖らせた。


「俺はカズマの身代わりで単なる代用品だってことも、全部分かってる……。

 分かってるけど! えっと、だから! うんと、ううーっ!」


 ドッペルは言い方が分からないのか最後は唸り声を上げ出した。

 その肩をカズマはとんと叩きながら、つい苦笑が漏れた。


「分かった、分かった。この前はお前を弟みたいに思ってるとか言ったくせに、楽しくないとこばっか押し付けてごめん」


 カズマは左手で眼鏡に触れて考えを巡らせた。考える時の癖だ。


「……なら、ここはドッペルが楽しんでくれ。ただし、俺が後日フォロー可能なはっちゃけレベルに抑えてほしい」


「え、俺抑えてるけど」


 いや、全然出来てないよ。





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