2-2 キーホルダー

 その後はというと、ドッペルがジロウとダイヤの前ではしゃぎまくって、一時間に五、六回のペースでカズマは頭を抱えることとなった。


 買い物を終え、友人たちと別れてからカズマとドッペルは合流する。


 友人二人とも最後までノリが良すぎるカズマ(ドッペル)に戸惑いつつ次の約束までしてくれた。


「いやー楽しかった! マジで。カズマのお小遣いけっこう使っちまったぜ。まあでもいいでしょ? どうせ俺と趣味とか色の好みは全く一緒なんだし。着回しすればいいよな、な! てゆーか買い物しててこんな楽しかったの初めてだ!」


「そっか……俺は胃が痛かった……」


 ショッピングモールの駐車場の脇にある長ベンチにカズマたちは並んで座った。

 ドッペルから財布を受け取って、買い物にいくら使ったか確認させてもらう。


「あ、」


 と不意にドッペルが隣で息を呑んだ。


「ん、どうした?」


「それ。そのキーホルダー剥げてる」


 ドッペルが指したのはスマホに付けていたクマのキーホルダーだ。


 十年くらい前か、父に買ってもらった覚えがある。

 もうさすがに塗料が所々剥がれてしまっていた。


 心なしかドッペルが神妙にキーホルダーを視線でなぞった。


「そういえば俺も同じの持ってたことあるよー。教授から貰ったんだよね」


「……教授?」


「俺の父親代わりみたいな人、なのかな?」


 疑問形で返されてもちょっと分からんが……。


 父親と言うからにはドッペルを生み出した人、ということか?

 そもそもドッペルって人間なのか?


 何はともあれドッペルが自分の事を話すのはこれが初めてだった。


「もう持ってないのか? なくしたとか?」


「んー、どーだろ」


 下手なはぐらかし方でカズマから顔を背けた。

 いつになく寂しそうに見えてカズマは思わず提案した。


「なあドッペル、これ新しいキーホルダーに買い替えようと思うんだけど一緒に買うか?」




 というわけで、再びショッピングモールの雑貨店へ。


「おお、メタル・クマさんだ!」


 店に釣り下がってるキーホルダーの中にメタルチックな赤や黄色に塗られたクマがあった。

 カズマは青、ドッペルは緑を選んだ。


 考えるとまあまあシュールなクマだが、考えまい。

 考えるとドッペルとお揃いというのも多少照れくさいが、考えまい。


 それぞれのスマホに付けた親指サイズのメタル・クマがえくぼを作って微笑んでいる。


 ドッペルはクマを嬉しそうに、でも切なそうに眺めた。らしくない。


 指摘していいのか分からずにいるうちに、


「カズマ、帰ろう。さすがに俺も疲れたからさぁ」


「ああ、うん」


 カズマが器用な分ドッペルが不器用なのだということをこの前知ったばかりだ。


 それでもカズマは嬉しいや楽しいという感情を表に出すことに躊躇しないドッペルが羨ましくなる瞬間があった。


 カズマは自分でも考え過ぎを自覚している。

 そのせいで感情にストップがかかってしまうことが良くあるのだ。


 だからなのだろうか。


 周囲に面倒事を押し付けられがちで、断れないこともないが結局は引き受けてしまう。器用貧乏なのだ。


「カズマ、今日の晩ご飯何ー?」


「あ、母さんにメールで訊いてみる」


 いつもドッペルには振り回されてばかりだが、弟みたいに思えて放っておけない。


 家族にも隠さなくてはならないのは結構大変だし、それがこの先ずっと続くのだと考えると……でも、それも悪くない。


 ドッペルと過ごす時間はまだ短いが、そんな風に思えてきている自分がいることが新鮮だった。



 カズマの母が「勉強の合間に食べなさい」と切ってくれた林檎をドッペルが受け取った。

 これも家族の前でカズマを装うための練習だ。


 階段を上りカズマの自室に入った。


「カズマ?」


 カズマは机の上を、正確には机の上の封筒と破かれているプリントを凝視していた。


 封筒には『廃棄処分期間延長通知』の文字。


 気付くと同時にひったくった。


 カズマが見たことないほど険しい顔でドッペルに視線を向けた。


「どういうことなんだ? これ何?」


「……何でもない……」


「何でもない事ねぇだろう⁉ 何だよこれ⁉ 何で隠してたんだっ⁉」


 カズマが、怒鳴った。

 これまでのように突っ込みを入れるような怒鳴り方じゃない。本気で怒っていた。


「あ、あの、カズマ……」


 ドッペルがたじろいだのを見て、カズマは我に返ったように「ごめん」と呟いた。

 怒りが消えてはいない。


「……ドッペル、この通知どういうことか説明してくれるか?」


「……嫌だ」


「分かった。ドッペルゲンガー製造計画の会社に電話する」


「ま、待ってよ、お願い。……分かった。説明するから」


 カズマの怒りがドッペルの頑なさを上回っていることは明白だ。


 カズマとドッペルはベッドの縁に腰掛けた。

 ドッペルはこれまでの経緯、カズマの家にたどり着くまでのことを語り出した。


 ドッペルがつっかえつっかえ話すことを、カズマは余計な口を挟むことなく、じっと聞いてくれた。


 話し終える頃には日付が変わっていた。





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