1-3 お試し販売

 夜九時頃、明日までに提出しなくてはならないレポートをせっせとやっているカズマを横目に、ドッペルはベッドを占領してごろごろしていた。


 あああ、羨ましい!


 カズマは珍しくレポートの存在を忘れていて、現在奮闘中だ。

 初デートに舞い上がっていたとは意地でも思いたくない。


「カズマ大変そうだなぁ。そーんなザ・寝不足って形相でやるくらいならデート行かなきゃよかったのに。その顔、彼女に写真撮って送ろうか? 引かれるかもな」


 やけに楽しそうにからかってくるドッペルに、カズマは多少やけになって言い返した。


「うるせぇ……。他人事だと思いやがって……」


 ドッペルはなんてことはない口調で返す。一瞬だけその瞳は暗く揺らいだ。


「じゃあさ、俺に代わりにレポートやれって命令すればいいんじゃね?」


 カズマは作業の手を止め、ドッペルをまじまじと見た。


 ドッペルは口を引き結んでカズマの答えを待っている。


「……しねぇよ、そんなこと」


「何でよ?」


 カズマは左手で眼鏡に触れる。ドッペルが何を考えているのか測ろうとした。


「……だって自分でしなきゃ意味ないだろレポート」


 当然に返すカズマの台詞に、ドッペルは被せるように硬い声を発した。


「違う。本当は俺が、不良品だからだろ。カズマ、俺のせいでデート楽しくなかったんでしょ? こんなのに金払って失敗したって思ってんだろ。……だって役立たずじゃん俺。返品したら? 本当はいらないんだろ」


 ドッペルが苦しげに言葉を吐き出した。自分で自分を傷つけていることを自覚できていないような様子で。


 何故ドッペルは突然こんなことを言い出したのか、考えてみる。

 眼鏡の弦を摘まむとカチャリと澄んだ音がして思考が巡りやすくなった。


 カズマは昔からどちらかと言えば器用な方、つっても器用貧乏の部類だが。


 それと反対にドッペルは一生懸命に不器用なのだなと察せられた。

 今日のことだって決してわざとカズマの嫌がらせをしたのではないのだ。


 カズマは出来るだけ慎重に言葉を選んだ。

 ドッペルの言うことを真正面から否定したって「信じない!」と意固地にさせるだけだろうから。


「……正直に言うと、お前は俺のドッペルゲンガーというより年の近い弟、みたいに思えてきてるよ。説明書読む限り、それはほんとは、駄目なのかもしんないけど、少なくともお前は俺とは違う個性を持った一人の人間だと思う。

 だから簡単に要らないから返品とか考えらんないし、不良品とも思ってないよ。むしろお前がそんな理由でいなくなったら、それなりに悲しいと思うし……」


 ドッペルは虚を突かれたようにカズマを見て、「……ふーん」と口を尖らせた。


「口数が多い時は多いんだな、カズマ」


「って、驚いたのそこ?」


 もうちょっと感動してほしかった、とは言わないが……。

 ドッペルは先程見せた危うさの欠片が消え、どこか安定したようだ。


 カズマはまあいいかと肩の力を抜き、一つ提案を思いつく。


「なあ、お前の名前付けよう。呼ぶ時不便だし」


「おお、じゃあカズマが付けてよ」


 間髪入れずにカズマに丸投げしてくれた。


「……俺に付けさせると命名ドッペルになるぞ」


「それでいいぞー!」


 いいのかよ⁉ ドッペルは別に嫌そうでもなく腕を振り回しているので、まあいいか……。


 カズマははっとして机の上を見た。デジタル時計は夜九時半。

 目の前には書きかけのレポート。


 ぬおぉぉと奇声を上げて頭を抱えそうになった。そうしなかったのは頭を抱えている時間も惜しかったからだ。


 ドッペルは無責任に「頑張れ~」と声援を送ってくれた。


 ともかくまあ、何だかんだでドッペルとの生活は上手くいきそうな気がしていた。



 カズマ、俺は時々考えたりするよ。

 もしあの時お前と会えてなかったらって。俺がお前でない誰かの複製になってしまっていたらって。


 カズマという本体から鏡写しにしただけの人格、記憶。その他の全て。

 何もかも薄っぺらいもので自分は出来ている。


 出来ていた、はずなのに……。


 ドッペルはつい先程送られてきた『廃棄処分期間延長通知』をカズマに見られぬように、ぐっと握りつぶした。





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